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ハイク・イント
●舌
脊椎動物の口中に突出した器官。横紋筋から成る舌筋とこれを覆う粘膜とから成る。味覚・咀嚼・嚥下および発音などの諸作用を営む。
●舌が長い
多弁である。
●舌が伸びる
広言を吐く。
●舌が回る
よどみなくしゃべる。
●舌柔らかなり
物言いが達者である。
●舌を翻す
びっくりする。

2003.August
氷菓ごときに突き出す舌の力かな
三橋敏雄 [俳人 八王子市生まれ 1920-2001]
【しだらでん】 平成8年所収


 皆さんの夏は、どんな夏ですか?今回は「舌」についてのお話です。
「まことにユーモラスな句、そう思ってもう一度読みかえしてみると、なにやらもののあわれをおぼえる。アイスキャンデーと称する妙なものは、おおむね子供の嗜好品だが、この作品のあわれは、自画像として浮び上ってくるところにあるようである」と、解説にあります。(「現代俳句歳時記」79頁)
 また、別の本に「舌の力」という小文を見つけました。
「舌は味を感じるようにできている。そして、かなり強い力を持っている。口の中に入れた物が毒を含んでいると感じたとき、勢いよくはじき出すためである。人間は文化を作って、香りや味を楽しむようになった。本来生きるために必要だった機能を楽しむための機能に変化させたようだ」(「風景の中の思想」96頁より)
 漢和辞典で「舌」を調べてみました。もともと「舌」は、干と口から成っており、「干」にはふれるという意味があるそうです。干渉という熟語もありますね。人が漢字を使い始めた頃には、「舌」の働きはその力よりも、すでに、機能に重きが置かれていたのでしょうか。
 掲句の作者は、海軍での戦争体験があります。戦中戦後の飢餓の経験をふまえての氷菓なのでしょうか。「世に失せし歯の数々や桜餅」などの句を見ると、おそらく晩年には、残存歯が少数であったのかもしれません。勝手に深読みしてみます。『歯を失ってもなお、氷菓を目の前にしたとたんに、舌が突き出た。舌に意外な力が残っていたことに驚いた。目の前にあるのは、さほど栄養にも、腹の足しにもならない氷菓である。にもかかわらず、舌のみが自立しているかのような動きをした。食欲という本能を垣間見たような、食に対する人の性(さが)を見てしまったような・・』
 ところで、この夏、焼き肉に舌鼓を打たれた方も多いことでしょう。焼き肉で「舌」といえば、ご存じタンですね。薄切りされたタンには、模様が見てとれます。その模様こそが「舌の力」を生み出す筋肉なのです。解剖の本では、舌は消化器とか臓器の章に、分類されていることが多いのですが、組織学的には筋肉です。
 解剖の本をひもといてみました。本によって若干違いますが、舌は大方、オトガイ舌筋・舌骨舌筋・小角舌筋・茎突舌筋・上縦舌筋・下縦舌筋・横舌筋・垂直舌筋の、8つの筋肉で構成されています。筋肉の起始・停止・支配神経については解剖の本をみてください。これら8つの筋肉のおかげで、「舌」は絶妙な動きをするわけです。舌が長い、舌が伸びる、舌が回る、舌柔らかなり、舌を翻す、と枚挙にいとまがありません。まさしく舌の慣用句の多さには、舌を巻きます。
 えっ「諺の意味がわかりません」と舌を出しているのは誰ですか?

参考文献
1. 飯田龍太.現代俳句歳時記.新潮選書.東京:新潮社,1993.
2. 河北秀也.風景の中の思想:いいちこポスター物語.東京:ビジネス社,1996.
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