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ハイク・イント
●万緑
見えるかぎり緑色であること。夏の季語。
●初める
他の動詞の連用形に接続して、その動作がはじまる意を表す。
●緑児
(近世初め頃まではミドリコ。新芽のように若々しい児の意)3歳ぐらいまでの幼児。
●季語
連歌・連句・俳句で、句の季節を示すためによみこむように特に定められた語。
●石榴
ペルシア・インド原産で、栽培の歴史はきわめて古い。6月ごろ鮮紅色5弁の花を開き、果実は大きな球形。

2003.May
万緑の中や吾子の歯生えそむる
中村草田男 [俳人 中国廈門生まれ 1901-1983]
【火の島】 昭和14年所収


 この句は小学校や中学校の教科書にも登場しますので、目にされた方もいらっしゃることでしょう。ちなみに「ばんりょくのなかや あこのは はえそむる」と読みます。
 「どんな歳時記にも載っている句だ。それもそのはずで、「万緑」という季語の創始者は他ならぬ草田男その人だからである。「万緑」の項目を立てる以上、この句を逸するわけにはいかないのだ。草田男自身は、ヒントを王安石の詩「万緑叢中紅一点」から得たのだという。見渡すかぎりの緑のなかで、赤ん坊に生えてきたちっちゃな白い歯がまぶしいという構図。人生の希望に満ちた親心。この親心のほうが、読者には微笑ましくもまぶしく感じられるところだ。」(「増殖する俳句歳時記」より)
 「生えそむる」とは、「生え始めた、初めて生えた」という意味です。もう一度読み返して、目を閉じてイメージしてみてください。緑、緑した中に、紅色の花が一輪咲いています。色彩的に勝手に解釈してみましょう。緑と紅、この色の取り合わせは中国語にはよく見られます。「柳緑花紅(やなぎはみどり、はなはくれない)」、春によく見る禅語です。
 さて、この緑と紅。赤ちゃんのことを「緑児」とも言います。赤ちゃんの口腔内の歯茎は、もちろんきれいな紅色です。背景の色合いと、目の前のシーンが見事に一致しています。
 この「万緑」は、解説にありますように「万緑叢中紅一点」から生まれています。実は、この句の後に続く言葉は「動人春色不須多」で、その意味は「人を感動させるのにたくさんの春の景色は必要ない」とのことです。発表された時世や、草田男の哲学を考慮すると、かなり意味の深い解釈もできそうです。
 さて、なぜ下顎前歯から、生えそむると思われますか?岡崎好秀先生の説では「舌は、離乳初期には前後運動をする。その後、離乳中期には上下運動をして、離乳後期には左右運動になる。ひょっとしたら、舌の前後運動から上下運動になるきっかけは、下顎前歯の萌出と関係があるかもしれないと思うんだ。」(「保健指導・知ってるつもり」47頁より)とのことです。なるほど、成長の過程において、ちゃんと意味があることなのですね。
 また近頃、グローバルスタンダードという言葉を、よく耳にします。世界標準などと訳されますが、実は「万緑」は、解説にもあるように、この一句だけで俳句の世界においてグローバルスタンダードになりました。草田男がこの句を発表したあと、この「万緑」は俳諧のみならずいろいろな場面で大流行したそうです。
 最後にもうひとつ。紅一点の紅とは、何の花のことでしょう?日常ではあまり見かけませんが、この紅は石榴の花のことです。えっ、読めない?ザクロと読みます。

参考文献
1. 清水哲男.増殖する俳句歳時記
2. 大島晃(編).中国名言名句辞典.東京:三省堂,1998.
3. 岡崎好秀.保健指導・知ってるつもり.歯科衛生士 1999;23(5):44-51.
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