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医歯薬出版「歯科技工」
2004.12月号に掲載


「ハナちゃん、今年も終わるわね」

「本当に早いわね。子供の時には一日が短くて、一年が長いんだって」

「ということは、歳とれば、一日が長くて、一年が短いってこと?」

「そうみたいね」

「ハナちゃん。あなた、今年一年、アドバイザーとして、結構いろんな人に会ったんじゃない?」

「そうねえ」

「同じ入れ歯仲間として、話を聞かせてよ」

ハナさんは、がんもどきを食べると箸を置いた。

「何人かのお話を聞くうちに、2種類の希望があるってことに、気がついたの」

「2種類って?」

「ただ単に入れ歯が欲しい人と、単に入れ歯だけではなく味わうことを必要とする人、の2つなの」

「誰だって、味わいたいんじゃないの?」

「まあ、最後まで、他人の話を聞きなさいな。味わうことが必要ないという人は、ほとんどいないんでしょうけど、無頓着な人がいるのは事実ね。味わい方というか、味わいの度合いや深さは、人それぞれみたい。とりあえずでおなかを満たす人もいれば、「一食入魂」みたいな人もいるでしょ。もちろん、食べることや味わい方だけじゃなくて、話し方とか、見栄えとかに関しても、ホント千差万別。その千差万別を大きく分けると、2つかな」



「ふうーん、そういうことね」

「でさあ、エーちゃん。今、高齢化社会を通り越して、もうすでに高齢者社会でしょう。元気でアクティブな同年輩の人って多いじゃない。そうなると、ますますデザイア入れ歯のニーズが増えるってことなのよ!」

「デザイアだのニーズだのって、こんがらがっちゃうけど、つまり、味わい入れ歯が、ますます必要となるってことでしょ」

「そのとおり。あなた、ちゃんとわかっているじゃない」



「ハナちゃん、そこまで理解してるなんて、立派よ。さすが入れ歯アドバイザー。まだ問題あるの?」

「あるのよ、まだ」

「わかった。どこに行けば、味わい入れ歯は作れるか!」

「そうなのよ。悩んでいるひとの相談に乗っていると、必ず最後に聞かれることが、それなのよ。一口で味わい入れ歯と言っても、作り方は、いろいろとあって、その歯医者さんによって違うみたいだし、それ以上に、患者さんの希望というか、味わい方は違うしね。入れ歯に対する価値観もピンからキリまでだって」

「あなた、そうは言っても、悩んでる人の多くは、あきらめている人なのよ。入れ歯だからしょうがないって!」

「あなたの言うとおり。その歯医者さんも言ってたけど、ニュース言葉で言うならば、あと必要なことは情報開示だって」

「情報開示って言ったって、いろいろ難しいでしょ」

「実際そうなんだけど、簡単にできることは、まずはもっと話しなさいだって。患者さんは、もっともっと、自分の希望を遠慮なく話すべきだし、歯医者さんのほうは、もっともっと患者さんが話しやすいように、聞いてあげるべきだって」



「ハナちゃん、よく蛸の足なんか食べるわね」

「実は、この蛸の足、思い出があるの。学生の頃、小倉にいたんだけど、そこには夏でも冬でもやっているおでんやさんがあって、ネタの中で、一番高かったのが蛸の足だったの。それが食べたいんだけど、その頃は手がでなくて、見てただけだったの」

「相手が足じゃ手がでない! ところで、来年は?」

「もちろん、今年同様、食べて旅して!」

「ハナちゃん、私もついていくわ」

「もちろん、いいわよ。あなたがいれば」



 おわり

■参考文献
弘兼憲史:「熟性」 角川書店 東京 2004.