ハナさんは、迷っていた。お寺でのことを話そうか否か迷っていた。
先日、節分のお祭りでのこと。豆撒きのあと、落花生とお漬物とお茶がでた。周りでは「年の数ほど、食べるのよ」とか「この沢庵美味しいわね」とか、話も弾むが、その合間の「パリパリ、ポリポリ」の音が、なぜかハナさんには耳障りであった。
確かに、先月上下の総入れ歯を失くした後、古い入れ歯を調整してもらって、さほど痛みも出ず、食事はしているものの、不満がないわけではない。自炊していることもあり、スーパーで食材を手にするときから、選んでしまっている。季節ごとに、旬の野菜や果物、魚介類が店先に並んではいるが、やはり、気が付くと選んでいる。自分自身が食べたいものを選んでいるのではなく、己の口で食べられるものを手にしている。帰りしな「思い切って、相談してみようかしら」そう呟くと、少しばかり心が晴れたような、気がした。
「こんにちは、食事のほうはどうですか?」
「ハイ、おかげさまで、あまり痛みもなくいただいていますけど…」
「けど…、がつくということは…?」
「実は、先日お寺での豆撒きのときに、結局、目の前の落花生と、沢庵には手が伸びなくて…。周りで、パリパリと小気味よい音を聞かされると、余計に手が引っ込んでしまって…」
「沢庵はお嫌いではないのでしょう」
「好きなんですけど、近頃食べていないんです。この季節、白菜のお漬物はいただきますけどね、葉っぱの所だけを。白菜ならまだしも、沢庵だと噛み切れるかどうか…」
「石山さん。入れ歯というものを例えて簡単に言うと、下の入れ歯がまな板で、上の入れ歯が包丁です。口の筋肉が包丁を持つ手の力と思ってください。先月来られてから、軟らかい材料を使った数回の調整で、下の入れ歯は痛みもなく、あまりガタガタしなくなったでしょう。まな板を平らな所に置いたと思ってください。次は、包丁です。包丁の刃がなまくらでは、切れませんし、錆びていたら研がないと駄目です」
「先生。ということは、私の包丁は錆びているんですか?」
「錆びているというよりは、なまくらですね。石山さんもご存じのとおり、この歯は、ひとつ前の入れ歯ですよね。すみません、ちょっと上を外しますよ。ほらこの奥歯を見てください。すり減っているのがおわかりでしょう」 |