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医歯薬出版「歯科技工」2004.8月号に掲載


ハナさんは驚いた、友人のエー子を見て驚いた。思わず言葉がでた。

「あなたどうしたの、病気でもしたの?」

「そうねえ、これも病気かもね」

「お医者さん、行ったの?」

話の顛末はこうである。実は友人のエー子は私同様、総入れ歯である。似た境遇ということもあり、二人でよく食事に行く間柄。そのエー子が、痩せているというより、やつれているのである。なんでも、親戚の甥っ子が、歯科医院を開業したため、親戚のよしみで義歯を新調してもらった。ところが、痛くて噛めず、徐々に食事の量が減り、加えてこの暑さ、食欲も減り、痩せてしまったとのことらしい。

「調整してもらったの?」

「もちろん行ったわよ、何回も。けど、家に帰って食べてみると、やっぱり痛くてね」

「思い切って、歯医者さん変えてみたら?」

「そうも思うんだけど……。親戚っていうのも善し悪しね」

「まかせなさいよ。こう見えても、私、入れ歯アドバイザーなのよ」

自分自身の義歯が完成してから、私自身の義歯に対する意識もかなり変わり、悪友が、いろんな知り合いに、入れ歯アドバイザーのことを言いふらしていることもあって、いろいろと相談を受けるようになった。もちろん、義歯が当たって痛いとか、緩いという不満が多いような気がする。ある意味、別次元の不平不満や希望願望も聞いた。勝手に大別して名前を付けると、「美顔入れ歯」、「グルメ義歯」、「趣味の入れ歯」であろうか。

美顔入れ歯とは、その名のとおり、美しくなる入れ歯。「このシワを消したい」「この縦ジワなんとかならない?」「きれいに洗っても歯が黄色」「ホオをもう少し、ふっくらさせたい」「上唇の形が左右不揃い」などなど。

グルメ義歯は、「よくワイン飲むんだけど、赤ワインの色が歯と歯ぐきの境目に付いてしまう」「握り鮨をぱくっといきたい」「ソバが好き。ソバ用の入れ歯はないものか」「洋食用は?」などなど。

趣味の入れ歯とは、「スイミングスクールに通ってるんだけど、ブレスの時に浮かない入れ歯は?」「合唱団に入っています。上が落ちてこないようにできないものか」「尺八が趣味です。尺八が吹ける入れ歯を」「長唄や詩吟を楽しみたいのですが」「スキューバダイビングをしています。アクアラングがちゃんと噛めるような入れ歯を」「旅行が趣味なので、旅先での万が一に備えて、予備の入れ歯を」などなど。


結局、友人エー子の義歯は、私自身がお世話になった歯医者さんを紹介することにした。その歯医者さんは、ご自分の経験を元に次のような話をしてくださった。

「歯科治療、特に総義歯の治療は、知識と技術の二本立てとなります。知識は、本やセミナーですぐに得ることができます。しかし、技術の習得はすぐというわけにはいきません。では、練習すれば……と、思われるかもしれませんが、患者さんを練習台にするわけには行かないでしょう。したがって、どうしても経験の浅い、入れ歯の治療の経験が少ない歯科医師は、二の足を踏んでしまうんです。ですから、その親戚の先生が下手なわけではなく、いくら新しい方法やよい治療法を知識として持っていても、経験があまりないと、躊躇してしまうんです。ですから、石山さんのご友人が、親戚の方であるだけに、気を遣われたのでしょう。私がその先生の立場だったら、思い切って『モルモットになってください』って、頼みますけどね。」

「エーちゃん、どう、痛くない?」

「うん、今度は大丈夫みたい」

「よかったわ、よかったついでに、鰻、食べ行きましょ!」

診療所を出ると、青空にぽっこりと白い浮き雲が……。



 つづく

■参考文献
藤巻幸夫:藤巻のたのしく商売する法則.日本実業出版社,東京,2003,144.

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