ハナさんは驚いた、友人のエー子を見て驚いた。思わず言葉がでた。
「あなたどうしたの、病気でもしたの?」
「そうねえ、これも病気かもね」
「お医者さん、行ったの?」
話の顛末はこうである。実は友人のエー子は私同様、総入れ歯である。似た境遇ということもあり、二人でよく食事に行く間柄。そのエー子が、痩せているというより、やつれているのである。なんでも、親戚の甥っ子が、歯科医院を開業したため、親戚のよしみで義歯を新調してもらった。ところが、痛くて噛めず、徐々に食事の量が減り、加えてこの暑さ、食欲も減り、痩せてしまったとのことらしい。
「調整してもらったの?」
「もちろん行ったわよ、何回も。けど、家に帰って食べてみると、やっぱり痛くてね」
「思い切って、歯医者さん変えてみたら?」
「そうも思うんだけど……。親戚っていうのも善し悪しね」
「まかせなさいよ。こう見えても、私、入れ歯アドバイザーなのよ」
自分自身の義歯が完成してから、私自身の義歯に対する意識もかなり変わり、悪友が、いろんな知り合いに、入れ歯アドバイザーのことを言いふらしていることもあって、いろいろと相談を受けるようになった。もちろん、義歯が当たって痛いとか、緩いという不満が多いような気がする。ある意味、別次元の不平不満や希望願望も聞いた。勝手に大別して名前を付けると、「美顔入れ歯」、「グルメ義歯」、「趣味の入れ歯」であろうか。
美顔入れ歯とは、その名のとおり、美しくなる入れ歯。「このシワを消したい」「この縦ジワなんとかならない?」「きれいに洗っても歯が黄色」「ホオをもう少し、ふっくらさせたい」「上唇の形が左右不揃い」などなど。
グルメ義歯は、「よくワイン飲むんだけど、赤ワインの色が歯と歯ぐきの境目に付いてしまう」「握り鮨をぱくっといきたい」「ソバが好き。ソバ用の入れ歯はないものか」「洋食用は?」などなど。
趣味の入れ歯とは、「スイミングスクールに通ってるんだけど、ブレスの時に浮かない入れ歯は?」「合唱団に入っています。上が落ちてこないようにできないものか」「尺八が趣味です。尺八が吹ける入れ歯を」「長唄や詩吟を楽しみたいのですが」「スキューバダイビングをしています。アクアラングがちゃんと噛めるような入れ歯を」「旅行が趣味なので、旅先での万が一に備えて、予備の入れ歯を」などなど。 |