ハナさんは、友人のエー子と蕎麦屋さんでお昼である。カウンターの奥には、釜から立ち上る湯気の中に、蕎麦屋のご主人の顔が見え隠れする。
「いつも湯気に当たっているので、あんなにお肌がつやつやしているのかしら」
「ねえハナちゃん、あなた話し聞いてんの」
エー子の声で、ハッとわれに返った。
「例のお蕎麦入れ歯は,どうなったの?」
「ええ、ちゃんと聞いたわよ」
「もったいぶらずに早く聞かせてよ」
「はいはい。やはり、麺よりもつゆだって」
「わたしが聞いてんのは味の話じゃなくて……」
「わかってるわよ。最後まで聞きなさいよ」
と、その歯医者の語ったことをハナさんは話し始めた。大まかには、次のようなことである。
お蕎麦の好きな人は、麺を食べるのはもちろんだけど、結構つゆも飲むとのこと。だから、お蕎麦入れ歯のポイントは、麺よりつゆになるそうで具体的には、つゆを飲むときや啜るときに、いかに下の入れ歯が、浮かないようにするかが肝要だそうだ。ゆえに蕎麦入れ歯とラーメン入れ歯は若干違っており、つゆを飲み切らないことが多いラーメン入れ歯のほうが、少しは簡単なそうな。
「へえー確かにそうかもね。でさあ、他にどういう入れ歯があったの?」
「結構あったわよ。ちょっとあなたに聞くけど、総入れ歯の人って和食と洋食のどっちが食べやすいと思う?」
「そりゃあ、決まってるじゃない。私たちのようなトシな人が多いんだから、和食よ」
「好みの問題じゃなくて、機能的なというか、食べやすさのことで考えてみてよ」
「?」
「ピンとこない? じゃあ、ヒントをあげるわね。和食と洋食の大きな違いは何?」
「?」
「あなたの目の前にあるじゃないの。和食はお箸でしょ、洋食は……」
「フォークとナイフ!」 |