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医歯薬出版「歯科技工」
2004.11月号に掲載


ハナさんは、友人のエー子と蕎麦屋さんでお昼である。カウンターの奥には、釜から立ち上る湯気の中に、蕎麦屋のご主人の顔が見え隠れする。

「いつも湯気に当たっているので、あんなにお肌がつやつやしているのかしら」

「ねえハナちゃん、あなた話し聞いてんの」

エー子の声で、ハッとわれに返った。

「例のお蕎麦入れ歯は,どうなったの?」

「ええ、ちゃんと聞いたわよ」

「もったいぶらずに早く聞かせてよ」

「はいはい。やはり、麺よりもつゆだって」

「わたしが聞いてんのは味の話じゃなくて……」

「わかってるわよ。最後まで聞きなさいよ」

と、その歯医者の語ったことをハナさんは話し始めた。大まかには、次のようなことである。

 お蕎麦の好きな人は、麺を食べるのはもちろんだけど、結構つゆも飲むとのこと。だから、お蕎麦入れ歯のポイントは、麺よりつゆになるそうで具体的には、つゆを飲むときや啜るときに、いかに下の入れ歯が、浮かないようにするかが肝要だそうだ。ゆえに蕎麦入れ歯とラーメン入れ歯は若干違っており、つゆを飲み切らないことが多いラーメン入れ歯のほうが、少しは簡単なそうな。

「へえー確かにそうかもね。でさあ、他にどういう入れ歯があったの?」

「結構あったわよ。ちょっとあなたに聞くけど、総入れ歯の人って和食と洋食のどっちが食べやすいと思う?」

「そりゃあ、決まってるじゃない。私たちのようなトシな人が多いんだから、和食よ」

「好みの問題じゃなくて、機能的なというか、食べやすさのことで考えてみてよ」

「?」

「ピンとこない? じゃあ、ヒントをあげるわね。和食と洋食の大きな違いは何?」

「?」

「あなたの目の前にあるじゃないの。和食はお箸でしょ、洋食は……」

「フォークとナイフ!」


「へえー、そうなんだ。他には、どんなのがあるの?」

「洋食用はいま話したけど、他にはワイン入れ歯。和食では、握り鮨入れ歯もあったわね」

「ワイン入れ歯ってなに?」


「それで、お鮨入れ歯はどうなの」

「お箸で、お鮨を食べる場合は、さっき話したことと同じなんだけど、握り鮨のように指でつかんで食べるとなると、ちょっと違うそうよ。上下の前歯の関係が重要だって」

「結構、奥が深いのね。ということは、日頃和食で、蕎麦食べて、お鮨も食べて、ときにフレンチやイタリアンも楽しむ日本人の入れ歯って、どうなるの?」

「ひと言で言うと、世界で一番むずかしいんだって!」

「それって、その歯医者さんの言い訳じゃないの」

「そうなの、その先生も笑いながら言ってたわ」

「あら、焼き芋屋さんだ」

「あなた、まだ食べるの!」



 つづく
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