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クインテッセンス出版
「歯医者さんの待合室」
2004年6月号に掲載



 はっきり言って、鞄はかなり好きです。五木寛之の本に、こんな文を見つけました。「ぼくの直感では、男はみずからの性の欠落した部分を、いつも強く意識しているのではないかと思う。すなわち男はその肉体の内部にバッグを持たない存在であるがゆえに、人工の袋を欲しがるのではあるまいか。男は大事なものを失っている生物である。生命を宿し、それをはぐくむウテルスを持たないことは、男性の根元的な不安のひとつである。」 (『ちいさな物みつけた』86頁より)
 バッグとウテルス(子宮)が、本当に結びつくかはわかりませんが、「鞄」の呼び方についてまずお話ししましょう。鞄の代わりに、Bag(バッグ)Luggage(ラゲッジ)、Trunk(トランク)、Suitcase(スーツケース)などを、よく耳にしますね。語源を調べてみるとこれらは微妙に違います。
Bag=もともと、狩猟の際に、しとめた獲物を入れた袋のこと
Luggage=やっとのことで運ぶ、引きずる、などの意味を含む
Trunk=もともと木の幹のことで、その昔これをくり抜いて作ったことから
Suitcase=主に服一そろいが入るぐらいの大きさのもの
 このように、大きさ、デザイン、機能、素材などいろいろあります。服飾評論家の落合正勝氏はこう述べてます。
 「鞄の絶対条件は、革である。革で包むから鞄になる」そして、「アルミ合金のケースは、カメラ機材や道具類を詰め込むには適しているが、人肌に触れるモノを収納するには、あまりに素っ気ない」(『男の服装 お洒落の基本』258頁より)
 そうは言われても、国内旅行はまだしも、海外旅行のときには、金属製のトランクを携えます。落合氏にとって、金属性トランクでは「旅をする」というより、「荷物の運搬」をしている気分になるそうですが、馬場万の革のトランクを、チェックカウンターで預ける気には到底なれません。
 さて、6ヶ月にわたって当喫茶室にお越しいただき有り難うございます。またどこかでお目にかかれることを、期待いたしております。最後に五木寛之の文章で、終わりといたします。
「『男がバッグにこだわるのは──』 と、友人の一人が言った。
『それは男がいつも旅立つ夢を抱いているからさ』」 (同84頁より)





【参考文献】
1. 1.五木寛之.ちいさな物みつけた.東京:集英社 1993
2. 落合正勝. 男の服装 お洒落の基本.東京:世界文化社 2001