思い出しニッキ

2003.05.04

「食欲増進仕掛け人」
 「口から食べる」というテーマに関していささか面白い文章をみつけた。北大路魯山人の文である。
 「先日、ある雑誌記者来訪「ものをうまく食うにはどうすればよいか」と訪ねた。世の中にはずいぶん無造作に愚問を発する輩があるものだ。(中略)そこで私は言下に「空腹にするのが一番だ」と答えてみた。その男はしばし二の句が継げずにいた。(中略)
 だがまあそれはともかくとして、一に病人の食事というが、病人にも嗜好がある。その要求する食事をどうしたら病人にがいにならずにうまく食べさせるか、それが料理というもののねらいどころだ。ところが下手な料理人となると、それを知らずに、どんなものでも自分なりにこうと決めてかかるから病人に喜ばれぬ。この道理は、相手が病人たると健康人たるとを問わない。
 凡そ誠実と親切心とがあるならば、その人その人の嗜好を考慮に入れて、これを合理的に処理するのでなければならない。喜んで食べてくれぬ食物は、いかになんでも薬や栄養になるわけがない。」魯山人の料理王国より
 この文章が書かれたのが、昭和10年であり、すでに70年近くも前のことである。はたして、今、食事を提供する人々の気持ちの中に、どれほど、この心があるだろうか。魯山人だからと言ってしまえば、それまでであるが、もう一度、いろいろな場面で、この心を見直す必要があるのではないのか。
 歯科医師として、手助け可能なことはたくさんある。口の中の状態を改善することは、食欲増進と同じ意味である。総入れ歯を、食事前にきれいに洗うことだけでも、その人にとっては、食欲が増す。食事前に入れ歯をきれいにするということは、きれいに洗われた器で食事が供されることと同一であり、入れ歯が汚れているということは、汚れた器を使って食事するのと同じである。
 また加えて、歯を失った人の特性も、情報としてもっと現場の人に伝えるべきではないか。歯を失うということは、失った歯に付随する感覚も失うと言ってもよい。そうであれば、失っていない感覚により訴えることで、食欲増進を図れるのではなかろうか。よく噛めなければ、キザミ食にするというマイナスの発想ではなく、失っていない感覚、たとえば、より視覚にアピールする献立とか、より嗅覚に働きかけるメニューにすると言ったようなプラスの発想である。
 魯山人の文にあるように、うまく食うためには、空腹にするのが一番である。言い換えるならば、うまく食うためには、食欲を増進させることが第一である。この投稿をきっかけに「食欲増進仕掛け人・appetite promoter」を目指してみようと思う。

参考文献:魯山人の料理王国 北大路魯山人 文化出版局