なぜこの仕事に?
6歳の頃、大工さんに木の切れ端をもらって赤く塗って、消防自動車を作った記憶があります。中学生の時作った筆箱がこれです(写真)。何でも自分で作っていましたね。釘を叩いて研いで小さなナイフなんかも自分で作っていました。ですから気が着いたときには木工の仕事をしていました。
20歳の頃、学校の校長を定年退職し趣味で木工をしている人に師事。初日に「何をしましょうか?」って尋ねたら怒られましたね。『「何をしましょうか?」じゃない、何がしたいかだ』って怒鳴られました。以来、物を作ることが僕にとってはただ単に“仕事”と言うよりも、“生きることそのもの”になったような気がします。ですから仕事をしていて楽しくてしかたがないんです。
特に椅子にこだわったのは?
椅子って一番ヒトに親密な家具のような気がするんですね。身体にまず触れるのが衣服で、その次が椅子じゃないでしょうか。欧米では家庭内の骨董家具と言ったら椅子が筆頭で、代々子供に譲っていくそうです。
木の椅子にこだわってみてどうでした?
大変でしたね。始めのころ、人に「30年辛抱しなさい」とか、「椅子だけでは喰えんよ」とかよく言われましたが、本当でした。今32年目ですけど、最近になってやっとその言葉の意味がわかってきましたね。5年や10年でやめたらその面白さや楽しみが解らないままのように思えるんです。それじゃあもったいないでしょう。
確かに霞を喰って生きてる訳じゃないですから、お金は必要です。しかし一つの椅子を作り上げるまでに、かなり自分としては楽しませてもらっているんです。ですから完成したときには「儲かった」と思えるんです。銀行には通用しない“儲かった”ですけどね。
はっきり言って、これしかなかったんです、椅子を作ることしか。車が持てなければバイク、バイクを持てなければ自転車、こう考えてましたね。やはり好きなこと、やりたいことにこだわっていたからここまで来れたのでしょう。
具体的な技術やデザインはどうやって?
学校や専門学校に行ったわけではないですから、自己流です。デザインは生きている物がお手本ですね。やはり曲線です、生き物は。
まず自分の作りたい物を考えます、それから具体的な構造や必要なパーツを考えます。いろいろな標準的な数値なんか頭になくて、自分の作りたい形と座り心地だけを考えていました。もう20年以上も前に、ある技術関係のオーソリティーから「栄のやり方は間違いだぞ」と烙印を押されたんです。しかし20年過ぎたら「栄のやり方もひとつの方法だな」と言われました。今思えば、もし当時、彼らの言うことを正しいこととして聞いていたら、ありきたりのものしか作っていなかったでしょうね。
ずっと一人でされているとのことですがお弟子さんは?
最近増えてきたんですが、年に5、6人の方が木工を教えて欲しいと訪ねてこられます。そのほとんどの方が、「とりあえず木工でも」っていう人なんです。何を作りたいのって聞いてもはっきりしない。「木工の技術があれば何でも作れますから、木工を教えて下さい。」と言われるだけで、おそらく本心は逃げなんじゃないでしょうか。
なかには本当にものを作りたくて、段ボールやなにかで、椅子やテーブルを作って実際に持ってこられる方もいらっしゃいます。そういう人とは話ができますね。しかし話すことはできても、自分の仕事を人に任すことはできないんです。
実は、一度だけどうしても納期に間に合わなくて、助っ人を頼んだことがあるのですが、このことはいまだに自分の中で引っかかっています。一度作ってしまうと、作った人にしかわからないことってありますよね。“表千眼裏万眼”という言葉があります。見えないところのほうが実は手がかかるし、神経を使います。接着剤で継いでしまえば普通目にはわかりませんが、ときが経つとばれてしまいます、必ず。人はだませても自分はだませません。
栄さんの技術を、人に伝えて残していく必要性は感じませんか?
技術とか技とかというものは、知識や情報ではないんです。一言で言うならば知恵、もしくは知恵を搾ることなんです。私の作っている物と、その人が作りたい物は違います。ですから知識だけを教えても、決して同じ物は作れない。私は“プリミィティブ”(「原始的な」「素朴な」)と言う言葉が好きです。ハイテク機器を使うのはあまり好きじゃない。ものを作る、手で何かを作るというのは、太古の昔からヒトがやってきたことです。私にとっての“ものづくり”とは、単にその延長上にあるだけのことで、仕事のときも、きわめて簡単なオーソドックスな道具しか使いません。
ただ、治具(じぐ)という物を作るんです。治具を作ることによって、これから作ろうとするものを、より安全に、より速く作ることができるんです。治具を作ることによって、単純な機械がコンピューター制御の機械に匹敵することになるんですよ。
かつて、ひと月に一個という仕事がありましたが、30日間はなんとその治具づくりに費やしました。はじめの一ヶ月で作ったのは、たった一個の作品と、その治具だけでした。しかしひとたび治具を作ってしまえば、後は簡単に、いくつも楽にスピーディに作ることができます。
治具は何を作るかによって違いますし、私の手に合わせて作ります。ですから治具の作り方は教えることができても、その治具そのものは、ほかの作品やほかの人には使えないものなのです。もちろん私のやっている治具の作り方も、人に教わったわけではなく、「おそらくこうすればもっと作りやすいだろう」という発想から生まれてきたものでしかないんです。ですから、口で簡単に伝えられるものではないですね。
椅子および椅子作りから、時代の流れを感じますか?
生活における椅子の存在が、確実に変わってきましたね。特に最近の高齢者の方は、畳の間でも椅子があったほうが楽みたいです。ある方などは一日中、日長その椅子で過ごされています。その方にとってその椅子は、“腰掛け”というより“居間”そのものの空間なんですね。改めて日本の生活のなかで、椅子が見直されてきたように思います。
またここ数年、小中学生の皆さんがこの工房に見学に来られるんですが、皆さん、本当に一生懸命に聞いていますね。学校教育も知識を覚えこませるだけではなくて、“ものを作る”とか“知恵を搾る”とかいうことを教育に取り入れ始めたみたいです。子供たちの澄んだ眼で見られると、こちらの心も洗われます。
最近、歯科技工界が元気をなくしているようなのですが
それは不思議ですね。“ものを作る”ということは、どんな職種でも楽しいと思うのですが。
以前は、何にしても、“作る人”が一番偉いと思ってました。10のうち、作る私が6ぐらいに思っていたんです。しかし今は3です。材料屋さんが3、作る人が3、売る人が3です。すると1余るでしょう。これは一番頑張った人の取り分。やはり分というものがあると思います。私の場合、たまたま木を削ることが仕事だっただけなんです。ある意味で、ものを作ることに徹すれば、楽しいと思うのですが。
筆者も、“ものづくり”にはこだわりがあるため話はつきないのですが、そろそろペンを置きます。栄さんの手はやわらかい温かな手でした。ちなみに、筆者の医院の待合い室の椅子も栄さんの作品で、一番人気は定番のふくぎチェアです。この椅子は待たされても文句のでない椅子、一度座ると立ちたくない椅子です。
次回は陶芸家の登場です。
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