デンタルエコー vol.120
2000年10月20日発行

連載●第1回


 今号から「小さな街のニコラ・シカ」というタイトルで連載開始です。アメリカの女流絵本作家バージニア・リー・バートンの描いた「ちいさいおうち THE LITTLE HOUSE」をイメージして、このタイトルをつけました。
ある地方都市にある歯科診療所ニコラ・シカの移り変わりを追いながら、色々な話を展開させてみたいと思います。なお、ニコラ・シカはフィクションの歯科診療所です。






開業前のお話 CI効果

ロケーション

 今のところ、日本においては歯科診療所開設においてはきちんとした住所、番地が必要です。診療車だけの住所不定では開設は無理と聞いています。ニコラ・シカのあるような地方都市ではまだまだ土地付き開業が主です。土地付き開業にせよ、土地なし開業、テナント開業にせよ、場所探しの時からそのエリアの都市計画図を手に入れ、しっかり把握しておくことは大切なことでしょう。必ず、そのエリアの役所に行けば都市計画図は閲覧できます。近い将来、どこに道ができる、橋がかかる、高速道路が通る、など未来予想図の情報満載の地図です。
 ある程度、候補地を絞り込んだら実際そのポイントに行ってみて、日長過ごしてみることです。可能ならば春夏秋冬ごとにそのポイントを訪れてみると、そのポイントの表情がよくわかります。無理ならば、その土地の長老の方に同行してもらえれば、彼らは即座に判断して下さいます。ニコラ・シカの土地に、土地の爺様をお連れしたところ、「川下に入り舟」と一言。この場所は商売に向くとの助言。今でいう風水でしょうか。
 いずれにしても、そのポイントに立って、深呼吸をしてみることです。吸い込む空気の匂い、耳に入る音、降り注ぐ光の量、など不動産情報には決して載ってないような表情がわかります。開業したら毎日のことですから、相性は結構大事だと思います。

ポジショニング

 ロケーションよりも、このポジショニングが先になる場合もあるでしょう。野球チームに例えるなら、「どこを守るか、何番を打つか」です。その所属する野球チームの中での役割です。
 近年、歯科医療も時代とともに変わってきています、ひとつの考え方として「キュアからケアへ、ケアからコミュニュケーションへ」「cureからcareへ、careからcommunicationへ、CCCへの変遷」「治療から予防へ、予防から情報へ」というのがあるとしましょう。では、その中で、どこにウエイトを置くのか、何を看板にするのか。補綴が得意だから補綴中心の歯科医療、予防が好きだから予防をメインに、など様々でしょう。また逆の考えとしては、このエリアには矯正治療が不足しているように思えるから能動的に展開してゆく、小児歯科がまだまだだからとか、色々あると思います。
 ニコラ・シカはこう考えました。歯科診療所とは「病院とスポーツジムとエステサロンの真ん中に位置する」つまり「疾病治療と健康増進と美容の中心にポジショニングする」。今後は、先ほどのCCCからすると、喫茶店的要素(情報交換・情報提供)も必要になってくるでしょう。
 昔、聞いた小話に次のような話があります。
「ある街に、『世界で一番安い店』と書いた看板の店ができた。世界で一番安ければと言うことで流行った。しばらくすると、その近くに『この街で一番安い店』と書いた看板の店ができた。この街で一番安ければと、今度はこちらが流行った。すると今度は、その2つの店の間に三軒目の店ができた。結局その三軒目の店が一番流行った。その店の看板には『入り口はこちら』 」
 人々のニーズはどこにあるのかを的確に把握すること、すなわちポジショニングは重要なポイントと言えるのではないでしょうか。

ネーミング

 中学生の頃、どうしたら英語の単語を覚えることができるだろうかと考え、車の名前を分析したことがありました。当時はトヨタと日産の車しか知りませんでした。トヨタと日産の車の名前を列記してみて、あら、ビックリ。トヨタはCで始まる名前が多く、クラウン、セリカ、チェイサー、センチュリー、コロナ、カリブ等々。日産はSが多く、サニー、スカイライン、シルビア、スタンザ等々。この時、名前って結構考えてつけられているのだなあと思いました。また加えて、サ行・カ行・ラ行の文字は耳に優しいとも感じました。
 もちろん、エリアによっては地元の紳士協定で、開設者の名前もしくはそこの地名を考慮しないといけないところもあるでしょう。そのようなときはニックネームとしてのサブネームを考えてみてはいかがでしょう。
 ニコラ・シカって聞くと、なにかこう、ニコッとしたくなりませんか? 言うほうは言いやすく、聞くほうにとっては、特に電話口などでは相手の方が聞き取りやすい名前。意外とこの名前、音声情報として一人歩きするものです。耳からの情報は、耳よりな情報になりやすいものです。

診療所のCI制定

 ロケーション、ポジショニング、ネーミングが終わったら、CI制定です。CIとはコーポレート・アイデンティティー corporate identityのことで、一時期いろいろな会社がはやりのようにCIを口にしたこともありました。CI制定と聞くと難しそうですが、簡単に言えば、「イメージのヴィジュアル化、希望の具現化」です。
 総義歯が得意で総義歯中心の歯科診療所を作ろうとするならば、歩道から診療椅子まで、バリアフリーにするとか、待合室を掘り炬燵にするとか、カタカナの名前ではなく漢字の名前にするとか。
 診療所のマークにしても、封筒や便箋にしても、CIがはっきりしていればしているほど作りやすいし、見た人にもインパクトを与えることができると思います。診療室内の壁紙の色、調度品にしても、CIがきちんとしていれば決めやすく、統一性がとりやすいものです。ハードからソフトまでのトータルコーディネート、それがCIと言えるのではないでしょうか。



ちょっと気になるあの仕掛け −1−

花と絵

 新規開業にあたって、ニコラ・シカは考えました。この街で、一番きれいな診療所をめざそう、一番掃除の上手な診療所になろう。きれいであれば、訪れる人も気持ちいいし、なんと言っても、ここは口の中をきれいにするところだから。
 そこで、まずは花。バラでなくとも、野の花でも土手の花でも、畦道の花でも、生花を飾る、本物を生ける。生花と見まがうほど、きれいでナチュラルな造花があります。しかし、どんなに本物らしく美しい花であっても、造花には欠点があります。それは、造花は枯れないということ。造花だから当たり前のことですけど、見る人の気持ちは変わります、必ずや厭きてしまいます。いかに美しいきれいな花であっても、それを見る人が厭きてしまえば、その花は陳腐なものにすぎません。畳となんとかは新しい方が・・と言いますが、車にしても、ベッドのシーツにしても新しい方が気持ちがいいのは確かです。 それは、ただ新しいからと言うことではなく、きちんと手が入っている、しっかりと心配りがしてあるから快適に感じるのではないでしょうか。

 同じことは絵についても言えると思います。できるだけ本物の絵を。世界的に有名な絵の複製やコピーよりも、無名の新人の描いた本物の絵の方が、見る人の心をとらえ、和ませると思います。生花は枯れますから、自動的に新しい別な花に変わります。可能であれば絵も定期的に、季節に合わせて替えればベターでしょう。月に一度、集金に来る新聞屋さんが、「ここに来るのは楽しみ、いつも違う絵が見れるから」と、おっしゃっていました。4枚あれば季節ごとに、12枚あれば月ごとに、飾ることができます。
 花に力を入れ始めたのは、近所の本屋さんとの会話がヒントになりました。本屋さん曰く、「この街の人は花が好き、園芸の本が良く売れる」。
 プラスアルファーへのヒントはどこに隠れているかわかりませんね。 



このタイトルは御存じのように、南宋時代の

少・年・易・老・学・難・成

【その1】パズルに学ぶ


朱熹の書いた詩「偶成」からの出典です。まずは全文を紹介しましょう。
     少年老い易く学成り難し、
     一寸の光陰軽んずべからず。
     未だ覚めず池塘春草の夢、
     階前の梧葉巳に秋声。

意味:年月の過ぎるのは早く、若者もすぐ年を取ってしまうものだし、そのうえ学問は成就し難い。
だからほんのわずかの時間もおろそかにしてはならない。池の土手の若草が夢心地から覚めきらないうちに、早くも夏は過ぎ、階段前の青桐にはもう秋風がおとずれるようなものである。
「中国名言名句辞典 大島晃編 三省堂1998」より
 今回はタイトルに敬意を表して「一寸光陰不可軽」について考えてみます。南宋(960?1279)の時代においてさえ一寸光陰不可軽ですから、いはんや平成の日本においてをや、でしょう。
 そこで、一日24時間、一年365日、皆平等の有限の時間を無限に使うにはどうしたらよいのか。もちろん有限の時間を無限にすることは不可能です。ただし、有限の時間を有効に使うことは可能です。
 「まずは、省く。」
 一日の中で、極力不必要なことは省く。不必要な飲み会には参加しない。必要のないテレビは見ない。悩んでも解決しないことは悩まない。やなことはしない、等々。しかし省けないこともあります、そこで省けないものは短縮する。三次会まで行かずに二次会で引き上げる。ニュースはテレビではなくラジオで聞く。長編小説より短編小説を、短歌より俳句を。コースを食べずに単品注文、等々。
 「次に、リズムをつくる。」
 起床に始まって、出勤、帰宅、就寝などは毎日のことです。一年を通してリズムを作ることによって、リズムにのり、ひとつひとつのことに慣れてきます。慣れてさらにリズミカルになれば、当然時間短縮が可能です。リズムにのらないと惰眠をむさぼったり、作業能率が落ちたり、ミスが増えたりしやすいものです。
 さて省いて、リズムを作ったら、「最後にパズル。」
 昔、汽車の旅には付き物だったパズル。中でも、小さな正方形の駒を動かして、数字を順に並べたり、アルファベットや絵を並べるパズルです。
 しなければならないこと、something to doを駒とします。例えば、1日8時間労働で週休2日、毎日1時間30分の昼休みを取っていたとします。1週間のうち、4日間を昼休みなしで仕事をすると、1.5×4=6.0時間。3日間だけでも昼休みなしにすると1.5×3=4.5時間。十二分に半日の仕事量に匹敵します。木、日、休みで土曜日も半ドン、金曜日半ドンで土日連休も可能です。
 このように一歩高い位置からタイムスケジュールを眺めてみると、意外にも融通できるものです。一年を通してみた場合でも、人が移動する時期(お盆や正月、ゴールデンウイークなど)に合わせて休みを取っても、交通渋滞に巻き込まれたり、いろいろな場面で列を作って待たされたりで、1週間の休みも実質的には半分くらいに目減りすることになるでしょう。
 
 不必要なことを省いて、リズミカルに日々を送り、勇気をもってパズルする。
 そうすれば、有限の時間も限りなく無限に近いものとなるのではないでしょうか。



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