歯科技工 第11号 平成11年11月1日発行

 霜月 1999/11 「進化する義歯」



早いもので今年もあと2カ月となりました。日南では冬支度というほどのことはあまりないのですが、虫たちの世界では冬支度が始まったようです。卵を産んで死んだ親虫、冬眠にはいった虫、卵のまま越冬する虫。
小学生のころカブト虫を飼っていました。秋になって親が死に、残されたクリーム色の小さな卵から幼虫がうまれ、大きな芋虫に成長し、さなぎとなり羽化してカブト虫へ。子供ながらに不思議でした。

さて、「義歯は道具なのか、人工臓器なのか」と聞かれたらあなたは何と答えますか。
かれこれ10年前の歯科技工1989年1月号に、「歯科技工-私の歩んできた道」という新春特集を見つけました。まずはその基調発表より一部を引用します。

『「歯科技工士の役割と使命」-まず「人工臓器」制作者としての認識を持つ
歯科技工という職業を意欲をもって行うには、まず「歯科技工」と言うものがどのような意義を有するか理解しておかなければならない。
人間が誕生時に神から与えられた人体の一部は、ひとたび欠損し機能を損失すると、たとえ人工的に義手や義肢、あるいは義眼などで形態を回復したとしても、機能的に完全に回復させることは、まず不可能であろう。少なくとも現段階では、そこまで到達しているとは言いがたい。
ところが歯科技工物は、万一患者さんがすべての歯を喪失されたとしても、その機能を従来のレベルあるいはそれ以上にも回復させることも可能ではあるし、顔貌を若返らせたり、より患者さんにマッチしたものとすることも可能である。可能というのは、歯科医師、歯科技工士が、その責任を全うすればということで、この前提が達成されなければ、その可能性もきわめて低いものになる。
しかしここで考えるべきことは、医科においてさえも達成することがむずかしい患者さんの機能回復を、歯科、すなわち歯科技工では達成する可能性があるということで、つまり、われわれ歯科技工に携わる者としては本当の意味で「人工臓器」を製作しているという認識を持たなければならないと同時に、非常に打ち込みがいのある職業だということを認識しなければならないといえる。またこのこと歯科技工のプロフェッションとして認識しておく必要がある。』

これを読んで皆さんはどう思われますか。10年前の文章ですが現在でも十分に通用する内容と言えるでしょう。しかしながら逆に考えるとこの10年間、歯科技工をとりまく状況が進化しなかったとも考えられるのではないでしょうか。
話を最初の質問に戻しましょう。筆者も学生時代からつい最近までは義歯は人工臓器であると思っていました。しかしながら堤嵩詞先生の言葉に「義歯が人工臓器であればお猿さんに入れても同じ結果が得られるのではないでしょうか」「手はヒトが最初に手にした道具といわれますが、ヒトが最初に口にした道具が入れ歯ではないでしょうか」とありました。これらを聞くとなるほどと思います。また大阪の知り合いの鞄屋さんのご主人の言葉に「半分仕事」とありました。「鞄をつくるのは私の仕事だけど仕事半分、残り半分は使うのはお客さんの仕事。この二つの仕事が合わさって初めてひとつの仕事、一人前の仕事になる。」「この鞄は、あなた次第でいいものにも悪いものにも変わります。だから大切に使って下さい。」
こう考えると今の筆者の考えは「義歯ははじめは道具であるが、しだいに人工臓器へ成りうるものである」です。義歯は進化する、進化する義歯とも言えるでしょう。きちんとつくられた義歯はより早く人工臓器へ進化できるでしょうし、また一日でも早く人工臓器へ進化させる為には義歯作製従事者(歯科技工士・歯科医師)の卓越した知識や技術、適切な調整などが不可欠です。
最近、遺伝子レベルでの治療、遺伝子組み替え作物など人間が遺伝子の世界にまでヅカヅカ踏み込んでいます。やはり疑問が残ります。義歯の遺伝子はその患者さんそのもので、義歯の中に遺伝子が入り込んで初めて人工臓器になるのではないでしょうか。患者さんの唾液が充分にその義歯にしみこんで、その人の匂いがその義歯に付着してやっと人工臓器となるのではないのでしょうか。言い替えるならば、どんなに優秀な義歯作製従事者が作った義歯であっても、患者さんの協力無しではいつまで経っても道具にすぎません。
義歯、義眼、義足、義手などの「義」には「仮の」という意味があるそうです。機能は回復できないけれども形態だけは回復するという意味の「仮の」なのでしょうか。義歯が人工臓器になった暁にはもはや義歯と呼ばずに、人工心臓や人工肝臓の呼び名のように人工歯、人工咀嚼器とでも呼ぶべきではないでしょうか。
義歯作りは歯科技工士(義歯作製)から歯科医師(義歯セット)へのバトンタッチではなく、初診時から患者さんを交えての三人四脚。そうして道具から人工臓器へ進化する頃にやっと患者さん一人で歩いて行けるのではないでしょうか。石膏模型や歯科医師からの情報(印象、バイト等々)だけではじめから人工臓器を作ることには少々無理があるように思えます。やはり早い段階から義歯の遺伝子(患者さん本人からの情報、食べ物の好み、人柄、表情、趣味、噛み癖等々)を交えての作製が理想的でしょう。
ラボに勤めているので「それは無理」とおっしゃいますな、患者さんに電話をかける、手紙を出す、方法は色々あると思います。歯科技工の基調発表にある「人工臓器制作者としての認識を持つ」ためにはおそらく石膏模型のみの世界から、生きた生身の人間相手の世界に飛び出す必要があるでしょう。飛び出すためには話し方も、身なりも、それなりに必要となるでしょう。
今後いままで以上に義歯に対する要望、ニーズは高いものになってくるでしょう。人工臓器としての義歯が求められるでしょう。ゆえに患者、歯科技工士、歯科医師、三者ともにそれぞれの立場でそれなりの進化が必要となるのではないでしょうか。
進化する義歯のために・・・。

 参考文献 歯科技工 医歯薬出版 1989年1月号



今月の義歯食 「洋風田楽」(豆腐の味噌グラタン)
洋風田楽
*材料(4人分)
豆腐(木綿か絹は好みで) 2丁
クリームコーン 1缶(230g)
味噌  大匙2杯
パセリまたは万能ネギ 少々
溶けるチーズ 100g
さて今月は洋風田楽。熱燗でもワインでも合いそうな和洋折衷の義歯食です。
  1. 豆腐を2cm角ぐらいに切る。
  2. クリームコーンと味噌をよく混ぜ合わせる。
  3. 2cm角豆腐を耐熱皿に並べ、2を豆腐表面をおおうようにかける。
  4. さらに溶けるチーズを載せる。
  5. オーブントースターで10分ほど焼きこんがりと焼き色を付ける。
  6. パセリのみじん切りか万能ネギの小口切りを散らす。


[義歯は人伝-Contents-]