歯科技工 第10号 平成11年10月1日発行

 神無月 1999/10 「インフラ整備」−10月8日は入れ歯の日



日南もさすがに10月の声を聞くと深まりゆく秋を感じます。8年ほど前より俵万智のサラダ記念日にヒントをえて10月8日を「入れ歯の日」と決め、入れ歯供養をしています。まずは、近未来フィクションをどうぞ。

2001年7月20日、キクさんは一通の手紙を受け取りました。差出人は子供と孫一同。開けてみると「入れ歯券」が同封されており、お孫さんの可愛らしい字で次のようにしたためてありました。
『キクばあちゃん 77歳のお誕生日がもうすぐですね、みんなで話し合いました。おばあちゃんの喜寿のお祝いに入れ歯券を贈ります。新しい入れ歯が出来上がったらみんなでお食事に行きましょうね。』
その入れ歯券には連絡先として民間リサーチ会社のホームページアドレスが印刷してありました。キクさんは覚えたてのインターネットでアクセスです。ホームページを開くと入れ歯券の使用できる歯科医院リストやランキングまで見ることができます。わりと近くの梅歯科に行くことにしました。
2ヶ月ほどかかって上下一組の入れ歯が出来上がりました。ひと昔前と異なりその入れ歯には7つの楽しみや安心が付いていました。キクさんの話によると次のような7つの付録です。
1.入れ歯の名前 「名前というので“キク”かと思ったら違っていました。これは作り始めに歯医者さんが尋ねてきたのです。『新しい入れ歯で何を食べたいですか?』「はい豚カツです」『ではあなたの入れ歯の名前は豚カツ入れ歯にしましょう』。豚カツを食べるという明確な目標がありましたので完成するまでの2ヶ月は以外と短く感じました。」
2.入れ歯の銀行 「一度きちんと作った入れ歯の情報を入れ歯の銀行に保管することによって、たとえなくしても電話一本で八分義歯ができるそうな、安心安心。情報は随時更新のためこれなら一生安心安心。」
3.完成時の食事券 「義歯食専門店「小梅」の食事券。これは早速使いました。」
4.写真館での撮影券 「完成した暁には新義歯での笑顔の撮影。久々の写真館での撮影。入れ歯が変わるとほんとに表情どころか顔まで若返ったような、少し照れながらの着物での撮影でした。」
5.入れ歯供養の案内 「古い入れ歯を供養して新しい入れ歯とその患者さんの健康祈願をしてくれるそうな。」
6.予備義歯 「古い入れ歯を調整していざという時のための予備の入れ歯。できれば結婚式用とか、お葬式用とか、カラオケ用の入れ歯も作って欲しいな。」
7.義歯袋 「予備義歯の携帯に便利な藍染の巾着で、これならおしゃれ、旅先にも持っていけそうです。」キクさんの話しはまだまだ続きます。「つくづく時代も変わったものだと思いました。「小梅」に行ったときには至れり尽くせりでした。まずお店にはいるとお口の待合い室に通されます。入れ歯の合わない人は安定剤を付けてくれるそうです。各テーブルの横にはちょろちょろと水が流れており食べ物が入れ歯の中に入った時には外してすぐ洗えるようになっています。・・・」・・・さて、フィクションはここで終わりです。

さてタイトルの“インフラ”。御存じのようにインフラストラクチャーの略です。ちなみに広辞苑によると「インフラストラクチャー【infrastructure】下部構造の意。道路・鉄道・港湾・ダムなど産業基盤の社会資本のこと。最近では、学校・病院・公園・社会福祉施設など生活関連の社会資本も含めていう。」とあります。
『入れ歯の日』もそのひとつになるのではないでしょうか。これらのことはただ単に義歯への認識を今一度改め、義歯への評価をもっと高めて欲しいとの願いからです。義歯は完成時にはひとつの道具でしかありませんが、次第次第にひとつの道具から立派な人工臓器へと進化しうるものだと思います。その際義歯をとりまく環境整備も重要となります。
例えばクラスプの設計ひとつ考えても、義歯装着が要介護者であれば、介護する人にとって着脱しやすいようなデザインにする必要があるのではないでしょうか。またブティックのオーナーの友人がぼやいていました、良いデザインの服を奨めたくてもその服を着て出かけるようなおしゃれなレストランやバーがここにはないために躊躇してしまうと。
患者さんやお客さんのニーズ(要求)の奥にあるディザイア(欲求)をつかんで、しっかりそれに応える。ハード(義歯)の提供のみならずソフト(その義歯によって何ができるか)まで提供もしくはアドバイスする。新車を買おうとする時にはそれなりの額のお金を用意します。それは新車を買うことによってその人のクオリティオブライフが高くなると確信できるからです。
フィクションの中に出てくる7つの事項は、「きちんと作ればきちんとした義歯ができ、きちんとした義歯ならば食事も美味しい、笑顔も最高、まさしくクオリティオブライフが向上しますよ」というアピールなのです。
義歯の作り方はここ十年程でかなり進歩してきたと思います。しかし義歯をとりまく環境はどうでしょう?旧態依然なことが多いのではないでしょうか。いくら義歯の作製法が進歩しても、顎関節や咀嚼筋、三叉神経などについての研究が進んでもそれらをしっかり患者さんに伝えなければ意味がないような気がします。
今年に入って脳死段階での臓器移植が色々な問題を投げかけています。そのひとつが情報公開。情報公開が新しい医療への信頼感を左右してゆくと思います。
情報公開を含んでのインフラ整備、皆さんいかがなものでしょうか。



今月の義歯食 「ほねまで」(叩き軟骨ハンバーグ)
ほねまで
*材料(2人分)
(A)
にら 2本
豚の粗挽き肉 240g
鶏の軟骨 40g
卵黄 2個
唐辛子 大サジ1/4
刻み生姜 大サジ1/2
刻みニンニク 少々
(B)
酒 大サジ1/4
塩・コショウ 少々
文月の義歯食「親子三代」では、お肉屋さんが骨までミンチは無理とのことで骨抜きのミンチボールを使いましたが、五円屋オリジナルは骨入りミンチです。何とか骨まで使えないかと思案しておりました。宮崎市のある居酒屋で「軟骨ハンバーグ」なるメニューを見つけ、これぞと思い注文したところ『もうやってません』とのそっけない返事。そんなとき雑誌サライに「叩き軟骨のつくね」なるものを見つけました。これをベースに「ほねまで」復活です。軟骨の歯触りをお楽しみ下さい。ちなみに鶏の軟骨を使うため地鶏の挽き肉との組み合わせも作ってみましたが、やはり豚肉とのほうが味はベター。
  1. まずは気長に鶏の軟骨を刻みさらに細かく包丁で叩いてゆく。
  2. (A)すべてをボウルにいれ全体をよく混ぜ合わせる。次に手のひらを使って粘りが出るまでよくこねる。
  3. これに(B)を加えさらにこねて、一口大に形を整える。
  4. あとは炭火で焼くなり、フライパンでお好みのソースで煮詰めるなり、どうぞ。

参考文献 サライ13号 小学館 1999/7/1発行



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