歯科技工 第8号 平成11年8月1日発行

 葉月 1999/08 「マイスター〜My star:私の星」



八月の日南は花火が夜空を彩ります。学生の頃、福岡は遠賀川の花火を見に行った時のこと、本当に頭の真上に花火があがるため、大輪の花火を真下から見た経験があります。そりゃあもう絶景かな、絶景かな。
この絶景に似ていたのが富士山頂で見た星空です。綺羅星とはこのことなり。花火がそのまま夜空に張り付いたような星空でした。しかも一つ一つの星の大きいこと大きいこと。
前置きはこのくらいにして今月はマイスターについてのお話。

“My star”−“私の星”といえば、なんといっても巨人の星、星 飛雄馬でしょう。このころ野球帽のマークはYGのマークしかなく、このマークは野球のマークだと信じて疑いませんでした。
冗談はさておき“マイスター(Meister)”について。英語ならマスター、日本語で名人、親方、師匠と訳せましょうか。他にも似た意味の言葉としてテクニシャン、アルチザン、職人、工匠、職工などがあります。
ドイツのマイスターについては、ご案内のとおり確立された資格制度ですが、日本においては歯科技工士にしても歯科医師にしても、手にしている免許はただ一つです。
ここでは日本における“いわゆるマイスター”について述べてみましょう。英会話の先生にマイスターについて尋ねたところ、「A master can teach to an apprentice. 」との答え。すなわち「マイスターとは弟子に教えることが可能である」。これを聞いたときにふと“士”と“師”のことを思い出しました。
ものの本には次のようにあります。【“士”とは、事を処理する才のある人、“師”とは、人を教え導く人、職業を表すのに用いる接尾辞】。となると、歯科技工士も歯科医師も免許取り立ては“歯科技工士”、“歯科医士”で、マイスターになって初めて“歯科技工師”、“歯科医師”といえるのかもしれません。
“し”を調べていてわかったのですが、“師”が付く職業は割りと古くからある職業(調理師、理髪師など)で、“士”が付く職業は以外と新しい職業(弁護士、運転士など)のような気がします。
では具体的に“マイスター”になるために必要なことは何なのでしょう。
ドイツのKlaus・Muterthies先生のセミナーでのこと。焼成の10分程度の時間を利用して余興で上顎6番の歯根付き陶歯を作られました。ホンの数分で築盛されたにもかかわらず、みごとな出来でした。根に付着した歯根膜や、根尖口に至るまでリアルでした。この先生は解剖学のみならず、組織学や発生学まで精通されているからこそ、このような形態、色が再現できるのだと感心しました。
すなわち、ただ「こうである」という知識だけではなく、「なぜこうなるのか」という根拠、理由まで理解する必要があるでしょう。肉眼で見える形態を覚えるのが解剖の勉強とするならば、なぜこのような形態なのかと、目に見えない部分までを掘り下げるのが、組織学や生理学と言えましょう。
Muterthies先生は陶材の築盛レシピを抽象画風に描かれます。単に絵画として見ても充分見応えのある絵です。これは記録です。ご自分の仕事や作品をまとめた本も出版されています。すなわち記録を残すということです。
“記録”とは、なにも文章のみならず、イラストや、写真、ビデオ、歯科技工物そのものと、どのような形でも良いと思います。知識、技術のみならず、それらの生まれた根拠まで理解・習得し、記録に残す。そうして初めて人に伝える(教える)、もちろん人に伝えるために記録に残すのでもよいでしょう。歯科技工関係の雑誌への投稿などはベストな方法の一つかも知れません。実はこのエッセイのメインタイトル「義歯は人伝 ぎしはじんでん」も、この様な思いを込めてつけました。
マイスターにとっては「人に真実を伝える」「きちんと伝える」「弟子をいかに導くか」が必要不可欠なことですが、「人に伝える」ということは、そう簡単なことではありません。
鎮座してから2000余年の歴史を持つ伊勢神宮では、20年ごとにいろいろな施設を造りかえる式年遷宮が、1600年にもわたって受け継がれているそうです。皐月の稿でも引用した本『町工場・スーパーなものづくり』によると、これには技能の継承の意味もあるとのことで、【ものを作る技というものは、言葉や文字だけでは伝えられない。どうしても手や体を通して、実際に体験しないと伝わらない。父親や師が体験して修得した技を、次の世代の息子や弟子に伝えるためには、父親や師が生きているうちに、若い息子や弟子に体験させる必要がある。20年に一度造りかえれば、技は確実に伝承される(抜粋引用)】と書かれています。
私の師匠の一人堤 嵩詞先生は、書かれた文章の中で【人間的にも技術的にもすばらしい多くの先生方からさまざまなご指導を受けておりますので、それぞれの先生がたの言葉を用いて、ある程度のことはお伝えできます。ただ、技術や技能はそれぞれの歯科医師の人間性や感性のうえに積み上げられたものであり、そのままそっくり実践できるものでもないように思えます】と、おっしゃっています。
もちろん歯科技工はサイエンスではありますが、明確にできない内容も多々あります。それは単に“あやふや”と言うことではなく、手指感覚に象徴されるように情報量が多すぎて分析しきれないと言う意味だと思います。このため昔から職人の“勘”とか、職人の“技”として、伝承困難な内容と受け取られがちでした。
堤先生においては「規格模型」という無歯顎の診断用模型を提案されています。模型を規格化することによって、得られる情報を分析し診断に役立てる。またコンピュータの更なる応用により、歯科技工は今まで以上に分析可能になるでしょう。しかしながら“審美”などには明確な基準はありません。メートル原器のような世界中の誰もが認める基準はないのです。なにせ相手が生身の人間、ヒトの口ですから。西洋医学は「分析の医学」、東洋医学は「融合融和の医学」といわれます。ひょっとすると歯科技工は、東洋的サイエンスなのかも知れません。
マイスターになるためには、歯科界において綺羅星のごとく光輝くには、きちんと勉強し、しっかり記録し、ちゃんと伝える。結局マイスターへの近道は「急がば回れ」のような気がしてきました。

●参考資料  小関智弘:町工場・スーパーなものづくり 筑摩書房 東京 1998



今月の義歯食 「ゴーヤーマーサン」(蒲焼き風ゴーヤー)
ゴーヤーマーサン
*材料(3人分)
ゴーヤー 1本
卵 1個
みりん 50cc
醤油  40cc
ザラメ 小サジ1
だし  50cc
南九州ではこの季節よくゴーヤー(苦瓜)が食卓に登ります。夏バテには効きそうだけどあの苦みはどうも、とおっしゃる方へ、ゴーヤーマーサン。マーサンとは沖縄の方言で美味しいという意味。

1)ゴーヤーを縦割りにスプーンでタネを取り除き食べやすい大きさに切る。
2)卵を溶き、1)をくぐらせ卵が固まる程度に油で揚げる。
3)フライパンに、みりん、醤油、ザラメ、だしを入れ、煮立ったら2を入れ表裏返しながら汁気がなくなるまで煮詰める。



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