日南、宮崎は海がきれいです。さらにこの季節、海水浴場には色とりどりの水着の花が咲き、まさしく百花繚乱。
今月はデザイナーについてのお話し。
昨年11月に横浜で第3回国際歯科技工学術大会が開催されました。参加して気が付いたことが2つ有りました。1つは車椅子での参加者が結構いらっしゃること。そしてもう1つはタバコの煙。初日、大ホールに足を運んだところ、ちょうど青嶋 仁先生がエステティックのセクションで話しておられました。講演も終わりに近づき最初からのスライドレビュー、このとき流れてきたBGMが井上陽水氏の「移動電話」です。
余談になりますが筆者もファンの一人として井上陽水の歌声、唄い方、詞、メロディーに感服しています。が、1つだけ彼に勝ったことがあります。聞くところによると井上陽水氏は、われらが母校(九州歯科大)を2回受験するも失敗し、歌手になったとか。まさしく人間万事塞翁が馬です。
話を戻しましょう。スライドは上顎前歯のポーセレンベニヤクラウンのケースでした。「どれがベニヤなの?」と分からないほどナチュラルでした。そのとき聞こえてきた歌声が、
『君の瞳もしぐさも
話し声まで夢に見たり』
思わず唸りました。この先生、このベニヤを作る際に、恐らくその患者さんの話し声や表情や性格までも考慮していらっしゃるのだろうと思いました。ちなみにこのケースは、アメリカの歯科医師会から送られてきたものでした。臨床では通常、咬合器に石膏模型をつけて、いろいろな動きを考慮して補綴物を製作します。しかし、当たり前のことですが、再現されるのは、ややもすると通り一遍の動きだけになってしまうものです。
本当の意味とは少しことなりますが、通り一遍の動きだけで補綴物を作製する人を縫子さん、ビビッドな動きを取り入れて作る人をデザイナーとしてみましょう。縫子さんはただ型紙にそって生地を裁断し、縫っていきます。一方、デザイナーは世の中のニーズを先読みし、自分の思い入れを形や色に具現化して服を作ります。
マネキンに着せる服を作っているのではありません。その服を着た人は立ったり、座ったり、歩いたり、走ったり、そして泣いたり、笑ったりするのです。つまりその人のビビッドな動き(生きた動き)をいかに補綴物に反映させるかがポイントになると思います。若い技工士さんには、ぜひ、より多くの患者さんに、より多くの人に、直接触れてみてほしいものです。直接会って一言でも多く言葉をかわしてほしいものです。生身の人間を相手にしてこそ、初めてビビッドな動きは見えてくるような気がします。歯科医師である筆者自身も含めて、縫子さんよりデザイナーを目指していきたいと思います。
デザイナーの重要な仕事のひとつに色使いがあります。
横浜での国際歯科技工学術大会でも講演されたWilli
Geller先生のラボでのお話。Geller先生のラボはスイス・チューリッヒの閑静な住宅街の一角にあり、地下にプレゼンテーションルームとパーティルームを備えています。レクチャーの後に懇親会という日程でした。レクチャーの中でGeller先生曰く、「色とは光の透過である」。いかにナチュラルな色合いを出すかが技の見せどころで、最近の美しさとは、ただ単に美しいということではなく、いかに自然に見えるか、もしくは見せるか。“beautiful”ではなく“be
natural”。
少々話しがそれますが、スライドを見ていて驚いたことには、スーパーモデルが患者さんとしてGeller先生のラボを訪れているのです。スーパーモデルは皆カリエスフリーだと思っていただけにビックリしました。彼女らはより美しくなるための戦略的補綴治療の目的で訪れるのであり、「より色っぽい唇にするために唇にシリコーンを入れました。この唇に合う前歯を作って下さい。」なんていうです。
“光と陰”という言葉があります。光の透過を陰と理解するならば、まさしく色とは陰のことで、光と陰とは表裏一体、真実は同じものと言えましょう。色見本のことを“シェード(陰)ガイド”というのもこのゆえんなのでしょうか。
スキューバダイビングの経験有る方はご存じと思いますが、海の中で泳ぐ魚の美しいこと、美しいこと。多くの魚は日頃の陸上でのイメージよりも透き通って美しく輝いています。海の中で泳ぐ魚の色こそ生きた色、ビビッドな色なのです。
知り合いの画家が、一年のうち約6カ月はスペインのセビリアに行って最初の半年間は散歩ばかりしていたとのこと。その理由はただ一つ、セビリアの光に目を慣らすためだそうです。
筆者としても、東京での義歯の講習会に出ていて、たまに色について違和感を抱くことがあります。日南で104や106の人工歯を使うと白すぎます。やはりその場所、場所での日の光あっての色なのです。
さて“マイスター”と言う言葉をよく耳にするようになりました。「あらゆる角度からの、その道の熟達者」とでもいいましょうか。永 六輔さんが書かれた『職人』には本当の意味での職人さん、すなわちマイスターのことがたくさんでてきます。この本のなかに歯科技工士についてのくだりがあります。
「目医者、歯医者が医者ならば
蝶やとんぼも鳥のうち
そんな歌を歌っていた目医者や歯医者もいましたが、いまはとんでもない。
歯科技工士なんか、高齢化社会には神様のような職人ですよ」
この文を目にして、「よくぞ書いてくださった、この一文で多くの歯科技工士が元気づけられる、感謝します」と永 六輔さんに手紙を出しました。さすが永さん、すぐさまお返事をいただきました。神様のような職人、まさしくマイスターです。まだ読んでない方はぜひ読んで下さい、きっと元気になります。
デザイナー、縫子さん、職人さん、三者とも行き着くところは同じでしょう。おそらく上手な義歯の作り手(歯科技工士、歯科医師)は、職人気質のデザイナー、すなわち“マイスター”と呼べるのではないでしょうか。マイスターについては来月じっくり語ります。
最後に、日南の海で泳ぎたい方はお電話下さい。リバーサイドホテルをご用意します。
●参考資料 永 六輔:職人 岩波新書 東京、1996
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