歯科技工 第6号 平成11年6月1日発行

 水無月 1999/06 「ギジギージーギシ」



ここ日南では水無月ともなれば田圃からの蛙の声、草むらですだく虫の声、と賑やかです。
さて今月のタイトル「ギジギージーギシ」は舌を噛みそうな早口言葉ではありません、また虫の声でもありません。
「ギジギージーギシ」は「疑似ギージー義歯」と書きます。そうです、お気付きのようにギージーとはスイスチューリッヒ大学ギージー教授のことです。

ではまずギージー教授について。
Alfred Gysi 1865年にスイス、アールガウ州アーラウにて精密錠前製造業者の息子として生まれる。1884年ジュネーブ大学歯学部入学。その後アメリカのペンシルバニア大学歯学部でも学び、1887年スイス歯科医師国家試験合格。ローザンヌ大学、チューリッヒ大学助手を経て1895年チューリッヒ大学歯学部創設に伴い常勤教員、後に補綴学講座主任教授。
1912年まで一時期チューリッヒにて個人開業。この間の業績は枚挙にいとまなく1957年92歳でチューリッヒにて死去。(和田精密歯研(株)Gysi Film解説書より)
スイスの首都はベルンですがスイス最大の都市はチューリッヒです。チューリッヒ中央駅からは多くの線路が放射状にでておりほとんどの路線の始発駅になっているそうです。驚くなかれ中央駅前の横断歩道には信号機がありません。市内を歩いてみると信号機のある横断歩道はほんの数えるほどです。歩行者が横断しようとすると必ず車は止まります。
また結構坂があるにもかかわらず自転車で行き交う人を多く見かけます。みんな環境のこと、空気のことを考慮してのことだそうです。スイスに行く前に知り合いにスイスの美味しいものはと尋ねたら空気でしょうとの答えでした。チューリッヒ市内中心部であっても鬱蒼と茂る森の中で森林浴している時のような空気です。ちなみに駅前交差点の朝の通勤ラッシュ時は婦人警官が手信号での交通整理でした。
そのチューリッヒ中央駅から歩いて五分ケーブルカーに乗って2分のところに古色蒼然とした建物群、チューリッヒ大学があり、歯学部の建物の中にギージー教授の業績を後世に伝えるべく常設展示コーナーが設けてあります。教授の使用した歯科診療椅子や診療器具のみならず、教授の彫った総義歯咬合面の歯形彫刻、教授作製の咬合器、咬合理論の三次元的モデルなどかなり見応えのあるものが展示してあります。鍵屋さんの息子とあって教授自作のプロトモデルの咬合器など流石です。また70年以上も前にこれほどまでの咬合理論や咬合分析を明らかにしていたものだと感心することしきりでした。
また、1920年代に撮影されたギージー教授御自身による総義歯臨床術式と技工作業を収録した映画が、和田精密歯研(株)の手によってビデオ化されており、「Gysi Film」として見ることができます。この映画は70数年前にデ・トレー社の依頼により撮影された記録映画です。展示物やこのビデオを何度も何度も何度も繰り返し見るにつけ、つくづく今と同じだなと思いました。まだ見ていない方は是非見て下さい、本当に今と同じです。
「ヒトの口は70年くらいでは変わらないから当たり前だ」とおっしゃるかも知れません。しかし70年の間に世の中は大きく飛躍的に変化しました。「では今と何が違うのか?」と目を凝らして見てみると、違うことは患者さんの感謝の度合い(フィルムの中では患者さんが深々と頭を下げている)と歯科医師ギージー教授の威厳です。
そしてもう一つありました。使用している材料です。当時レジンは無く蒸和ゴムです、またアルジネートやシリコン印象材は無く石膏印象です。陶歯は今と同じです、陶歯のほうが床用レジンより古いことにも改めて気が付きました。70年もの歳月が流れた間にいろいろな義歯用材料や印象用材料などが開発されたにもかかわらず術式がほとんど変わっていないことになります。
「Gysi Film」の中では、スナップ印象、咬合採得、機能印象、ゴシックアーチ描記、フェイスボウにいたるまでほぼ現在と同じです。逆に考えるといまなおギージー教授の理論、方法をベースに義歯を作っているといっても過言ではないと思います。言うならばギージー教授の理論や方法を真似た義歯、ゆえに今月のタイトルの「疑似ギージー義歯」となるわけです。
おそらく現在日本で作られている義歯の理論や術式は、スイスで生まれ一部はドイツ経由で日本に、また一部はアメリカ経由で日本に持ち込まれたものではないでしょうか。
五月の稿で「義歯の発達は材料の発達に深く関わっている」と書きました。いま私たちは例えばレジンというすばらしい材料を手にしていながら果たしてその材料の長所を充分に生かしきっているのでしょうか?ただ単に蒸和ゴムをレジンに置き換えただけではないのでしょうか?という疑問が沸々とわいてきたのです。
片顎総義歯で言いますと14個の人工歯とひとつの床、あわせて15ピースで義歯は構成されていると言えます。このことはレジンの特性を最大限に生かしているのでしょうか。いかなる形にでも成形できるという点がレジンの特性として挙げられると思います。流し込みレジンやコピーデンチャーなどはこの特性を充分に生かしたものと言えましょう。すなはちレジンならば15ピースではなく人工歯と床の一体型のワンピースデンチャーも作れるのではないでしょうか?
1855年にGoodyearにより義歯床用蒸和ゴムが開発され、蒸和ゴム床と陶歯人工歯しか無かったギージー教授が作った義歯と、レジンを手に入れた今の我々が作る義歯が酷似しているとはどうも腑に落ちないのです。
ルイジ・コラーニ と言うデザイナーを御存じでしょうか。ドイツ生まれで現在スイス在住のデザイナーで小さなものはワイングラスから大きなものではスペースシャトルまでデザインします。彼は生きているもの、昆虫、鳥、動物などをお手本にデザインを考えるのだそうです。
ルイジ・コラーニのデザインは曲線美にみちた連続性のあるフォルムです。ルイジ・コラーニに総義歯のデザインを依頼したらどういう義歯をデザインするでしょう。レジンを使っての連続的デザインのワンピース総義歯。ベースの色も今はやりのスケルトンタイプからアップルコンピューターのiMacのようなカラフルなキャンディー色、想像しただけでも楽しくなります。
疑似ギージー義歯が真性新生義歯になるのはそう遠くないことでしょう。

●参考資料 「Gysi Film」和田精密歯研



今月の義歯食 「焼き豚のミミ」
焼き豚のミミ
*材料(4人分)
焼き豚のミミ 300g
大根 500g
三つ葉 適当
しょうゆ 大さじ2
みりん 大さじ3
「豚の耳の焼き豚」ではなく、焼き豚のミミを使った一品です。鹿児島は豚骨ラーメン天国です。
まずは、ラーメン屋さんや中華料理店から、焼き豚の切れ端(ミミ)を手に入れます。
(1)大根を下ゆでする。
(2)鍋に(1)と焼き豚のミミを入れ、材料はひたひたにつかるくらい水を入れる。
(3)(2)にしょうゆとみりんを入れ、大根に味がしみ込むまで煮る。
(4)器に盛り三つ葉を散らし煮汁をかける
焼き豚の脂が気になる人は荒熱を取って冷蔵庫へ。冷えると脂は固まって浮いてきますから、取り除いて召し上がれ。
大根の変わりに冬の蕪、秋の冬瓜を使ってもgood。


[義歯は人伝-Contents-]