歯科技工 第5号 平成11年5月1日発行

 五月 1999/05 「花より団子」-食べても落ちないハイテク義歯



 皆さん今年の花見は如何でしたか。「花より団子」、「花よりお酒」とおっしゃる方も多かったのでは。桜歯科の桜は終わりましたが窓の外はまさしく万目青山、この季節は日南において最もよい季節のひとつです。
 さて、花より団子はよいけれど、花より団子、棚から牡丹餅、ついでに入れ歯も落ちてきた---ん?「棚から牡丹餅落ちてもよいが、落ちては困る総入れ歯」というわけで今回は食べても落ちないハイテク義歯のお話し。

●ハイドロテクトデンチャー

“ハイドロテクト”という言葉を聞かれたことがありますか。「それってサイドミラーに貼るフィルム?」そうです。TOTOから出ている自動車サイドミラー用フィルムもこの新技術の応用です。ある時ネットサーフィンしていたら、このハイドロテクトのホームページに出会いました。取り寄せたパンフレットによると、“光触媒超親水性技術ハイドロテクト”とは、  『「水をはじかずに、物質の表面になじんだ状態(親水状態)にさせる」新技術、それが「ハイドロテクト」光触媒超親水性技術です。TOTOは、光触媒である酸化チタンを応用することで、さまざまな素材の表面に水の薄い膜を形成する技術の開発に世界で初めて成功。この技術と光触媒の基本原理である有機物分解技術とを総称して、「ハイドロテクト」と命名しました。(パンフレットより)』
さてその効果は?幾つかあるそうですが、なかでも流滴性(水滴がつくられるのを防ぐ)、易水洗性(水洗いだけで汚れが簡単に落とせる)、有機物分解技術による抗菌・防臭、などが義歯に役立ちそうです。流滴性によって食べ物の流れをスムーズにし、易水洗性により簡単に清掃でき、しかも抗菌・防臭効果があるとなればまさしく“ハイテクデンチャー”の誕生です。ハイドロテクトを上顎レジン床義歯に応用する事によりお餅や団子も引っ付かず、食べても落ちない義歯になるわけです。もちろんチューイングガムもOK。
実は気がせいた筆者、早速TOTO光フロンティア事業部の方へレジン床の上顎総義歯を送り、いま手元にハイドロテクトデンチャーがあります。今後幾つかの解決すべき問題もあります。まず耐磨耗性の不足、どうしても摩擦に弱い。なめてみると少々苦い。しかしこれらは決して高くないハードルで、いつしか解決できるでしょう。

●白いクラスプのパーシャルデンチャー

さて次は白いメタルのお話。
部分床義歯の講義でクラスプと審美性について習ったとき、白いメタルはできないものかと考えました。メタルクラスプにもA3やA3.5の色があればよいのにと思いました。卒後実際にメタルクラスプを白くしたことがあります。簡単です、白マジックで塗っただけです。
最近「町工場・スーパーなものづくり」という本を読みました。その本に出てくるのが「赤いスプーン、黒いフォーク」です。新潟県燕市といえば昔から洋食器の生産で有名なまちですが、近頃では外国製の低価格の製品に押され気味のため新製品の開発に知恵を搾っているそうです。そのひとつが、(株)アイザワの「赤いスプーン、黒いフォーク」で、ステンレス鋼の表面にエポキシ樹脂を焼き付け塗装してあるそうです。
この技術を応用してメタルクラスプを白くできたらどんなにか審美性が向上することでしょう。近々この会社にもアクセスしてみるつもりです。

●セルフアジャスタブルデンチャー

最後に自己調整可能義歯、セルフアジャスタブルデンチャー(self-adjustable denture)について。学生時代に親戚のおじさんに、「俺は酒飲みだから、飲み過ぎ防止の入れ歯を作ってくれ。飲み過ぎるとフニャフニャになる入れ歯を作ってくれ」といわれたことがあります。酒がおいしくなる義歯なら可能かもしれませんが、さすがにこれは無理でしょう。
前出の本に「まがるスプーン」というのが出てきます。これも同じく燕市の青芳製作所が作るスプーンで、柄の部分が三菱重工開発の形状記憶ポリマーでできており、摂氏50度のお湯に浸すとゴムのように軟らかくなって自在に変形することができ、水に浸せばその形のまま硬くなるものです。スプーン以外にも缶オープーナーや形状記憶歯ブラシなども商品化されていますのでご覧になった方もいらっしゃることでしょう。そこでこの形状記憶ポリマーを義歯床内面に応用してみてはいかがなものでしょう。
総義歯の上顎がゆるくなったらちょっと熱めの吸物をすする、すると再びぴったり。下顎両側遊離端義歯で義歯による当たりが出たら熱燗のお酒で当たりが消える。まさしく“セルフアジャスタブルデンチャー”です。

 このように義歯の発達、進化は材料によるところが大きくこの先夢の素材の開発により義歯も大きく進化することでしょう。私たちに必要なことは新素材や新技術をいち早くキャッチし、しっかりと義歯に組み入れる勇気と行動力ではないでしょうか。ただし義歯の発達、進化は材料によるものだけではありません。解剖学や生理学の発達も深く関わっています。このことについては、いずれ話してみたいと思います。
 蛇足をひとつ。義歯にハイドロテクトを施せば食べ物が着かないと書きましたが、コロンブスの卵的発想で、逆に食べ物をつるつるにする方法もあります。ツルツルにするといっても麺類にすると言うのではありません。油を使うのです、植物性の油です。イタリアのオリーブオイル、中国の胡麻油。さすが美食の国といわれるだけあって義歯装着者のことも考えているのでは?

【参考文献・データ】
  1. TOTO「ハイドロテクト」パンフレット。TOTO光フロンティア事業部。
  2. 小関智弘:町工場・スーパーなものづくり。筑摩書房、東京、1998。
  3. ハイドロテクトホームページ:http://www.toto.co.jp/hydro/


今月の義歯食 「舌包み(したづつみ)
舌包み
*材料(1人分)
牛タン 150〜200g
ゴマ油 大サジ1/2
サニーレタス 5枚程度
レモン 1/2個
塩、コショウ 少々

舌包み
日南は魚はもちろんのこと美味しい牛肉もあり、しかも安い。そこで今回は牛タンの塩焼きです。
いまさら牛タンを食べたくないとおしゃっらないで下さい。私の師匠は東京上野の深水皓二先生ですが、深水先生の診療所に韓国から100歳になる女性が義歯製作希望にて来院されたそうです。「もう一度焼き肉を食べたい」というのが主訴だったとのこと。
さて舌包みの作り方はいたって簡タン。牛タンを好みの厚さ大きさに切り、ボールに入れてゴマ油を振りかけ、もみます。まんべんなく牛タンの表面にゴマ油が付いたら後は焼くだけ。七輪で焼けばさらに美味しく、その美味しさに舌をまき、舌鼓を打つこと請け合いです。サニーレタスで包んで舌包み。


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