早春、咲き分け、寒椿、田舎家、梅衣、雪間草、小倉山、寒紅梅、雪の下萌、椿餅。これらは何の名前かお分かりですか。では、カヌレ、ティラミス、プロフィットロール、ミルフィーユ、パンナコッタ、ムース、スフレは何でしょう? 前半は和菓子の中でもお茶席などで頂く主菓子の銘で、後半は洋菓子の名前です。今月は和菓子と洋菓子ならぬ和義歯と洋義歯のお話です。
睦月でも書きましたが、和義歯と洋義歯の違いを強く感じたのはスイス研修の時です。
少し脱線しますが、スイスに行く前に二つのものを探して来ようと思い出発しました。一つは銀のストロー。これは羊飼いが温かいミルクを飲むためのもの。もう一つは、義歯専用洗面所。すなわち一般の洗面所でもなくトイレでもなく、義歯専用の洗浄所完備のホテルが有ると聞いていました。結局二つとも見つからなかったのですが、いつしか出会えるでしょう。
スイスと言えば腕時計が有名です。講義を受けていて解ったのですが、腕時計の前に、金属加工技術の高さが有るのです。ベースに高度な金属加工技術が有っての腕時計なのです。スライドに出てくるメタルフレームのすばらしいの何の。
今スイスではパーシャルデンチャーと言う言葉はあまり使わないそうです。ブリッジとパーシャルの一体型が、ハイブリッドデンチャー。極力、床(もちろん金属床)を小さくしてペリオに配慮したものがペリオデンチャー。いずれの床もみごとなメタルフレームでした。しかも全部ワンピースキャスト。腕時計にしてもこれらの金属床にしても、高度な金属加工技術が有ってこそのものなのです。
和義歯と洋義歯に話を戻しましょう。違いと言えば、スイス人において上顎4番の近心面が審美性のポイントらしく、4番の人工歯にゴールドインレーが入っている症例をよく見ました。またドイツ人スイス人は良くタバコを吸います。このため、義歯用人工歯にしてもメタルボンドにしても、ステインやヘアラインが結構入っています。これに対してアメリカ人は真っ白を好みシェードガイドにハリウッドホワイトと呼ばれる白色があるくらいで、もちろんステインやヘアラインは好みません。また総義歯の講義の中で安静空隙が4から6ミリと有り、僕らは日本の倍だなと思いながら聞いていました。
その後昼食のため近くのレストランへ。そこで目にしたものは、まさに目から鱗でした。総義歯装着者らしい年輩の女性が隣のテーブルでウインナーシュニッツェルを食べています。見ていますと、フォークとナイフを上手に使って食べ物が運ばれる先は小臼歯部です。
ひょっとしたらナイフとフォークを使うということが、安静空隙を倍にしているのかも知れません。
さらにフォークに刺された食べ物が小臼歯部にくるということはポステリアガイダンスなのでは?フォークがポステリアガイダンスであれば、我々の使うお箸はアンテリアガイダンス?また、ドイツでは下顎の総義歯にインプラントを応用している症例を良く見ます。これはあの硬いドイツパンを食べる為なのではないかと思います。
毎日新聞余録(97年7月29日付)には、『後にノーベル賞を受賞する朝永振一郎博士は、ニューヨークで総入れ歯にして若返った。「米国製の歯を入れたら、先生の日本語が下手になって英語が上手になったのは不思議であった」』と有りました。この様に義歯、特に総義歯は審美性、食生活、食べ物、発音する言語などの国民性や地域性にかなり深く結び付いているような気がします。
学校での勉強においては、中華料理も、フランス料理も、イタリア料理、タイ料理も一緒くたに、外国の料理としてチャンポンに習っていたのかも知れません。
学生時代に何気なく覚えた義歯に関するいろいろな数値、排列位置などの知識、咬合に関する理論などの中には、もしかしたら日本人に合わないものも有るのかも知れません。もちろん義歯は解剖学と生理学をベースにしています。その患者さんが、何人であろうと、何語を話そうと、何を使って食べようと、人種や民族が異なっても解剖や生理は同じです。しかしながら臨床に携わっていると、何かしらその患者さんの個性や人柄、生き様や生活習慣、好きな食べ物までもが深く関わってくるような気がするのです。
form follows function という言葉があります。形は機能によって決められるとでも訳せましょうか。解剖学が肉眼で見える形態学であるならば、肉眼で見えないものの形態学が組織学。組織学や解剖学の動きが生理学。では機能とは?機能には解剖学的なこと組織学的なこと、生理学的なことも深く関わっています。
例えば人工心臓の場合その機能、形態には患者さんの意志や好み、使う言語は無関係ですが、義歯の場合はそうは行きません。患者さんの口の動きというのもが、その人の個性を色濃く反映するがゆえに、解剖学や生理学だけでは患者さんに充分満足していただける義歯は作れないような気がするのです。その患者さんの個性、文化的背景などを加味して作る、あえて言うなら文化義歯とでも言いましょうか。他の医療や治療よりも、患者さんの満足度は千差万別であり、心底満足していただける義歯が完成した時に、我々が目にする患者さんの笑顔がすばらしいのはこの為ではないでしょうか。
こう考えると、どの国の料理でも食べる日本人、外国語を話す日本人、箸でもフォークでも何でも使う日本人を相手に義歯を作る我々は、難易度の高い義歯を要求されているのかも知れません。
The Full dentures of the Japanese,by the
Japanese,and for the Japanese.
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