no.41
2002/04
一匹の鰆を以てもてなさん

高浜虚子 [1874-1959] 松山生まれ

「鰆の握り」

 今号は、手前味噌話しです。ご容赦下さいませ。
 先日、小倉は魚町のお寿司やさんに足を運びました。そのお店は二回目です。初回は、ほぼ十六年前、大学卒業式前夜に、親が「食べたいところに連れてゆくから」ということで、高嶺の花の寿司「もり田」を予約しました。
 もちろん美味しかったのですが、何が、どう、いかに美味しかったかは覚えていません。当時、卒業式後に国家試験が控えていたこともあり、緊張していたのでしょうか。「御馳走様」で店を出るときに、御主人が小さな包みを下さいました。下宿に帰って、開けてみると、湯飲み茶碗です。それはそれは、お洒落でしぶい筒茶碗でした。魚偏の漢字も載ってなければ、お店の名前すら書いてありません。下地はそば色(薄い鼠色)で、梅か桜か、花木の絵付けがしてあります。その後、この茶碗はカルノの焼酎湯割用となり、庭の梅の開く頃になると登場します。
 今回、二回目として「もり田」の暖簾をくぐりました。お刺身のあと、始めに出た握りが鰆(さわら)でした。お昼下がり、腹八分にもなり、そろそろお茶が出てきそうな雰囲気。カルノは十六年前に頂いた筒茶碗を持参していました。御主人に「実は・・」と、このお茶碗のことをお話しして、「この湯飲みでお茶を飲みたい」と申し出たところ、湯飲みを手に奥に行かれました。カウンターに戻ってこられたときには、目に涙が光っていました。
 「このようなお客さんがいらっしゃるからね。この仕事やっててよかったね。うれしいね・・」と、ぽつり。
 こちらが、驚きました。お寿司やさんの御主人の涙を見たのは、初めてでしたから。こちらこそ感謝。しかも、絵付けは桜でした。さらに深謝。カルノにとって、一生忘れられない鰆の握りとなりました。

 ゆく春や寿司屋の主人の目に涙     カルノ

もり田 小倉魚町 093-531-1058





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