ものづくり名手名言 歯科技工 第24号 平成14年8月1日発行

第24回 フランスのワイン醸造家を訪ねて(後)




「ワインの世界はマジックです」
Interviewee Monsieur Arnaud Chopin(ワイン生産者)

アルノー・ショパン
「Arnaud CHOPIN」
RN74,21700 Comblanchien
ショパンさんの手→

フランスを訪ねた「ものづくり 名手名言」。今回は前回に引き続き、ブルゴーニュ地方、マコンのワイン醸造家を紹介します。

お若いようですが……。

 今、28歳です。私からさかのぼって、7代前頃からブドウ畑を所有していました。4代前からワイン醸造を始め、ワイン醸造家としては、私で5代目です。
 ワイン醸造学校を出て、免許を取得したのちにアフリカに渡りました。フランスでは、免許取得後に自分の家から半径50km以上離れたところで修行しなければならないという決まりがあります。自分の家では、仕事はできてもなかなか修行とはいかないでしょう。50km以上であれば、いくら遠くても構いません。より遠い方がより修行になると思い、南アフリカで6カ月間、ブドウ造り、ワイン造りの修行をしました。その後、ここに帰ってきました。

あなたのワイン造りのスタイルは?

 造るワインのうち、90%は赤です。少ない銘柄(アペラシオン)で多くの本数を造るよりも、多くの銘柄で少ない本数を造るようにしています。繊細でフルーティなフレーバーの赤ワインを目指しています。
 すべての赤ワインは樽熟させます。樽のうち30%は新樽です。12カ月間、樽熟させたのち、翌年の9、10月頃になって、コンテナタンクに移します。このタンクは、澱(おり)沈殿が効率よく行えます。そして、ワインが澄んでくると、瓶詰めです。このタンクはネゴシアンビジネスをしていた祖父の頃からのものです。澱を取るためにフィルターは使いません。ワインと樽との相性もあり、これらの新樽も、生産地を選んで使っています。
 技術的な特長としては、マセラシオン(炭酸ガス浸漬)を3週間と長くやります。15日間かけて、ゆっくりと発酵を促します。1週目を10℃くらいで、2週目からは32〜34℃まで上げていきます。ブドウに関しては、100%除梗(じょこう ブドウの実に付いている小さな枝を取ること)します。他には、特別なことは何もしていません。テロワール(土の性質)が、一番重要と考えます。私の造るワインは、その質の80%は畑で造られると思います。ですから、毎日、畑には足を運びます。毎日行きますけど、作業は季節によってさまざまです。成長を見守ったり、病気や害虫から守ったり。ともかく私のワインは、そのほとんどが畑で造られるといっても過言ではありません。父は心底ブドウ畑が好きで、ブドウ生産農家の鑑のような人です。その点私は、ワイン醸造や製品の流通などにも非常に興味があります。親子でいいバランスだと思いますよ。

ワインは世界中を旅する機会や世界中の人々との出会いをもたらす


この仕事を選んで悔いはないですか。

 もちろん、ありません。ただし、家業がワイン造りだからといって、自動的にワイン醸造家になったつもりはありません。確かにもっと若い頃は、将来の仕事のことなど何も考えませんでしたし、わかりませんでした。しかし、今はこの仕事に就いて幸せだと、素直に思えます。たいへん、幸福です。
 ワインの世界は、まさしくマジックなのです。ワインの世界は、一つの不思議な世界と言えるでしょう。ワイン造りや完成したワインの取引・流通を通して、私に世界中を旅する機会を与えてくれます。それはさらに、私のワインや造り方に興味を持ってくれる世界中の人々との出会いをもたらせてくれます。
 また、毎年、ワイン醸造法全体を検討し直します。その検討会は、あたかも、偉大なシェフにとって「この新しい料理には、どのワインが合うのだろうか?」という問題のように、私たちワインの造り手にとっては、毎年、さらなる最高級のワインを作り出すための真剣勝負、まさしくタイトルマッチなのです。
 そうして、私のみならずあなたであっても、ワインについて熱く語り始めるとき、周りの人たちは、それまでの振る舞いをやめて、マジックショーが始まるのを固唾を飲んで見守るかのように、あなたのワイン談義に耳を傾けるでしょう。
 ですから私にとっては、ワインの世界はまさしくマジックと思えるのです。ワイン造りそのものもマジックであり、できあがったワインもマジック。そのワインを語ることさえも、マジックショーなのです。


●ムッシュー・ショパンのワインが、今秋、日本に初上陸します。

【問合わせ先】 岡山酒店 :鹿児島市荒田1-16-28




「常に質を求めて」
Interviewee Monsieur Jacques Saumaize(ワイン生産者)

ジャック・ソメーズ
「Jacques SAUMAIZE」
71960 VERGISSON
ソメーズさんの手→

いつからこのお仕事に?

 高校を出ると、すぐにこの仕事に入りました。もう20年になります。このセラーは、私が15年前に、あまり予算がなかったこともあって、自分でつくりました。私で3代目ですが、祖父の頃は、ワインだけではなかなか食べていくことができませんでした。父の代の後半で少しずつ上向いてきて、特に1970年代後半からのブームにも助けられ、今ではワインだけで生計を立てています。それまでは、ワイン以外に家畜もやっていました。今は、経済的には安定していますけど、決して安心はできません。ワイン造りは、毎年、天候には左右されるし、ここ数年、マコンやボジョレーは人気を落としています。けど、常に質を求めていけば大丈夫だと思います。「質を求めて」と、言葉で言えば簡単ですけど、それを毎日実践するとなると難しいことです。しかし「質を求めて」いけば、さらなる質を求める消費者の方も増えていくと思います。
 私のワインは、90%以上をフランス国外に輸出しています。輸出先は北欧が多いですね。カナダも多いです。アメリカからも注文をいただきますが、応えられません。というのも、彼らは常に多くのまとまった量を要求しますので、その量にはなかなか応えられないのです。少数の国に限定するのは、ある意味リスクが高くなりますから、多くの国に少しずつ出すようにしています。
 私を含めて5人の兄弟が、ここマコンでワインを造っています。それぞれが独立して、別のワインを造っています。ブドウの収穫に一番適切な期間は1週間ほどしかないため、お互いに仕事上で手伝うということはありませんが、それ以外は何かと協力しています。全部が全部、意見が合うわけではないですけれど、兄ですし、特にライバルという意識はありません。父は75歳で、仕事はすでに引退していますが、ブドウが大好きで、いまだに毎日、畑を見に行きます。私は、ブドウ造りは好きですし、ワイン醸造も好きです。けど、売るのは苦手なんで、マコンのレストランで、兄たちとワインの競争はしたくありませんね(笑)。

ソムリエのアドバイスに関しては、どう思われますか?

 まず、私たちは自分の考えを信じて、自分たちがいいと思うワインを造っています。確かに、料理とワインの相性には、合う合わないがあります。フランスでは、ワインをよく知っている人ほど、たとえソムリエがいるレストランであっても、全く相談せずに自分で選びます。みながみな、ソムリエにアドバイスを乞うとはかぎりません。もちろん、私は自分で決めます。
 そこのレストランのセラーにあるワインに関しては、客のだれよりも、一番よく知っているのが、そのレストランのソムリエです。それは、あのワインはだぶついているから早くはかせたいとか、あのワインの飲み頃が終わりかけているとか、あのワインを客が選んでくれたら自分の給料が上がるとかを含めてのことです(笑)。一方、ソムリエの知らないことは、そのお客さんの好みです。ですから、お客さんは、自分の好みや予算、希望をしっかりソムリエに伝えることです。そうして、ソムリエは客の好みや要望を謙虚に受け止め、アドバイスすべきであって、決して自分の意見を押しつけるべきではないと思います。ただ難しいのは、客にもソムリエにもやはり「好み」がいろいろありますからね。
 巷のグルメ本を信じて、そのお店で食べて、美味しくなかった経験があるように、グルメ本の記事やソムリエの意見を鵜呑みにするのはいかがなものでしょうかね。

今後の夢は?

 わが道を迷わず進み、常にベストを追い求めることでしょうか。毎年、自問自答しますが、やはり、この考えにいきつきます。
 質を落とさないために、出来の悪いブドウを早摘み(間引き)しますが、早摘みしないほうが、もしくは、早摘みの量を少なくしたほうが、農作業の手間はかからないし、収穫量は上がります。しかし、ワインは正直ですから、手間を省けばすぐに、必ずワインの味にでてきます。手間がかかっても、収穫量を落としてでも、味を守るほうを選びますね。



 今回のフランスの旅を通して、一番強く感じたことは、「余裕」です。国そのものにも、もちろんそこに生きる人々にも、強烈に感じました。美味しいワインを造るためには、良い畑に、良いブドウの樹を植えて、良い造り手が、環境にとって良い造り方で、良い心を持って……。そんな、至極あたりまえのことを、普段の生活のなかで、何気なく実践しているのです。それも、訪問した十数軒の方がたが、みなそうでした。しかも、奢っていない。謙虚に、天の恵みとして、美味しいワインをとらえている。泊まったペンションのオーナーの方がたもそうでした。タクシーの運転手さんも、また然り。しっかり、ご自身のプライドを持っていながら、かつ自分の分を把握している。偶然にも、三軒目のペンションの方が、オーナー兼歯科医師でした。その歯科医師の方は、今のシーズンは、週に2日半だけ歯科医師として働き、残りはペンションでの野菜造りがお仕事だそうです。こちらが、怪訝そうな顔をしていると、はっきりとおっしゃいました。「This is my way of life」、「これが、私の生き方である」とでも訳せましょうか。
 今回の旅で、フランスが好きになりました。
 ワイン万歳!フランス万歳!ものづくり万歳!



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