ものづくり名手名言 歯科技工 第19号 平成13年11月1日発行

第19回 Patient Adapted Work -患者さんのために-
                  Interviewee Mr.Max Bosshart(歯科技工士)





Mr.Max Bosshart マックス・ボッシャート
1949年生まれ。スイスおよび海外において、ゲルバー理論に基づく総義歯分野の講演・研修を行う。1980年からGerber教授のパートナーとして歯科技工を行う。チューリッヒの高等専門学校の総義歯・部分床義歯分野の主任などを務め、現在に至る。
Bosshart氏の手→


この道に入られたきっかけは?

 特にはありません(笑)。強いて挙げれば、父の勧めがあったからです。父はセールスマンでしたが、「これからは、歯科技工のようにプロフェッショナルな仕事のほうが、時代の流れや波に左右されないだろう」という意見でした。また、父の友人に大きなラボのオーナーがいたこともひとつのきっかけとなり、高校卒業後、自然な流れで歯科技工士学校に入りました。
 スイスでは、歯科技工士学校は四年制です。四年間といっても一週間のうち一日だけ学校で学び、あとの四日間はラボでの実習となります。四年間の課程を終えた後に、国家試験を受けて、免許を取得します。スイスの場合、州によって制度に若干の違いはありますけどね。

はじめからGerber教授とお仕事をされたのですか?

 いいえ、違います。歯科技工士としてのはじめの四年間は、ラボでポーセレンワークをしていました。そこのボスは人格者で、仕事において、また個人的にもお世話になりました。
 その後の四年間は、「キャンドロ」という人工歯メーカーで働きました。その頃チューリッヒではなく、スイス国内のフランス語圏にいたこともあり、まずはヨーロッパにおけるフランス語圏の営業とセミナーを担当しました。次第に研修会中心の仕事になり、フランス語圏のみならず、ドイツ、イギリスやイタリアなどでも研修会を開くようになっていきました。そして、1980年に「キャンドロ」を辞め、Gerber教授と仕事をするようになりました。

Gerber教授はどんな方だったのですか?

 「非常に人間味のあふれる方」といったらいいでしょうか。心温かく、差別のない方でした。どんな仕事であろうと、どんな方法でやっていようと、あくまでも自分の仕事にプライドと責任を持っていれば、きちんとその人を評価してくれました。
 Gerber教授は完璧主義者でもありました。教授のもとで働くようになってからのはじめの十年間に「どこかに矛盾点はないのか、間違いはないのか」と疑問点をさがしましたが、どこにも見つけることはできませんでした。まさしく完璧でした。
 教授が求めたことは、ただ一つ。「正しく治療する」ということです。それ以外には、全く無頓着でした。たとえば、泊まるホテルにしても、ファイブスターのホテルなどではなく、どこに行ってもわれわれと同じホテルでした。

↑ チューリッヒ大学歯学部


世界中を講演などで飛び回っていらっしゃいますが、そのエネルギーはどこから出てくるのですか?

 この仕事が好きだからできるのでしょうね。海外講演から帰ってきて、オフィスで朝一番にすることは、コーヒーを飲みながら新聞を読むことです。このことが私をリラックスさせてくれます。それから、日常の仕事に戻るのです。また、疲れた時には、早くベッドに入るようにしています。ただし、そんな時にかぎって、すぐ電話で起こされますけどね(笑)。

歯科技工とは「アート」ですか、それとも「サイエンス」ですか?

 両方です。間違いなく両方です。日本の方がたがどうお考えかはわかりませんけれども、ヨーロッパのほとんどの歯科技工士は、アートであると思っています。もちろんサイエンスのうえに成り立ったアートであるわけですが、時にサイエンスを軽んじてアートに走りすぎるきらいが見受けられます。いくら見映えのよい歯を作ったとしても、口腔内でフィットしなければ全く意味がありません。
 今、ヨーロッパではアートの部分にこだわりすぎていることがひとつの問題です。仮に200ページの本があるとしましょう、すると、199ページはアートに関する内容で、残り1ページのみが咬合や機能に関して書いてあるにすぎない。これが、ヨーロッパの現状です。

チェアサイドとラボサイドのコミュニケーションについてはいかがですか?

 トップクラスの歯科技工士は違いますが、私の知っている平均的な歯科技工士の多くは、歯科医師サイドのことにはあまり目を向けず、自分の仕事にばかり注意を払っているような気がします。歯科医師のトラブルは他人ごとであって、自分の仕事とは関係のない領域であると考えている歯科技工士さえいます。はたして、そうでしょうか? ある意味、歯科技工という仕事は歯科医療ともいえます。ですから、歯科技工士も歯科医師もお互いの仕事を十分に理解して、ともにやっていくという姿勢が不可欠でしょう。
 車についての話ですが、30年前のヨーロッパにおいて、日本車は価格が安いということで多く売れました。しかし、今では「トラブルが少ない」「性能がよい」という理由で、高く評価され、多くのヨーロッパの人びとが買います。すなわち、日本車はミニマム・プロブレム――故障が少ないということです。歯科技工においても同じです。歯科技工士が、どこまでミニマム・プロブレムを考慮して仕事をしているかが大切です。
 そのために歯科技工士は、当面のこととして、納入先の歯科医師のことまでは考えていますが、その先の患者さんのことまで考慮して仕事をしなければならないということでもあります。
 確かに多くの歯科技工士は、直接患者さんと会う機会が少ないでしょうから、そこまで意識することが困難かもしれません。しかし、最終目的は歯科医師のための仕事ではなく、患者さんのためであるということを常に念頭において、仕事をすべきでしょう。患者さんを中央にして、歯科医師と歯科技工士が両サイドから、その患者さんのニーズをきちんと踏まえたうえで、「何が必要な治療であるのか、何が正しい処置なのか」を正確に判断して、治療を進めていくべきでしょう。
 そのためにはもちろん、患者さんはその仕事の対価を支払うことが必要となります。Gerber教授は、よく「安物買いの銭失い」と、おっしゃっていました。高品質のものをそれに見合う高い価格で買ったとしても、さまざまなことを考慮すれば、数年経った時に、結果的に患者さんにとって安い買い物となります。

技術の伝承については、どうお考えですか?

 極端な言い方をすれば、今日のスキルは明日にはもう必要ないものになってしまうかもしれません。知識や考え方のみ、生き残ることができるのです。
 今の私の仕事は、主に「これをこうしなさい」と技術を教えることよりも、「なぜこうしなければならないのか」ということを伝えることになってきています。そしてその次には当然、「どうしなければならないのか」ということが問題になってきますけど、大事なことは「どうする」ということよりも、「どうあるべき」ということです。

これからの歯科技工は、どうなっていくでしょうか?

 将来的には、歯科技工というものは大きく変わると思います。変革の時が来るでしょう。
 まず機械化、特にコンピュータの導入が進むでしょうし、材料に関しても新素材が現れ、そのため、現在の歯科技工のスタイルとは大きく違うものとなるでしょう。そのため、今までの「経験や腕」といったものが、全くとはいわないまでも、それほど必要なくなるかもしれません。
 より産業化、機械化、省力化が進むと、一つの小さなラボだけでは、そのようなハード(器械やコンピュータ)を次々と揃えることは難しいでしょうから、グループを作って購入するといった新しいスタイルが生まれるでしょう。
 そうなると、歯科技工士の仕事は、決して器械にはできない仕事、たとえば「補綴物に暖かみのある色を持たせる」とか、「患者さんの性格を考慮した形態を付与する」といったことがメインになってきます。
 また、一日中技工机に向かって仕事するのではなく、ハードを上手に使いこなすためのマネージメント能力が求められます。要するに、「手の仕事」から「頭脳の仕事」に変わってくるともいえましょうか。どのような器械をどう作り、どう使うか、そして、その器械に必要な新素材を開発する、といったようなことです。

歯科技工界のみならず、歯科医療全体が大きく変わっていくのでしょうか?

 10年ほど前に、パーラー教授が次のようにおっしゃっていました。「おそらく、矯正医や口腔外科医と同じように、補綴家もかなりの専門医となるであろう」と…。私も全く同感です。特に総義歯などは、相当な専門医でないと作れなくなるでしょう。
 高齢者に対する歯科医療は、確実に増加しつつあります。高齢者の多くは、何かしら歯科以外の疾病を持っていますから、それらに関する知識が、歯科医療関係者にも必要になります。また、歯科治療を進めていくうえで、他科との連携もより緊密なものが求められます。また平均寿命が延びるにつれて、いかに健康に長生きするか重要になってきます。そのために、健康を維持増進させるための歯科医療、また、新たな疾病の発現を予防するような歯科医療というものも必要となってくるでしょう。
 現在、咬合学についてはほぼ問題がなくなってきたと思います。問題があるとすれば、以前より整理されてきてはいますが、いまだ多くの咬合理論が氾濫しすぎて、それに惑わされて基本的なことを見失いがちであるということです。咬合に関しては、基本をしっかり押さえていればそれほど問題はないでしょう。
 ペリオについては、新薬の開発がかなり進んできて、近いうちにほぼ解決されるでしょう。
 インプラントは、現在の治療でほぼ問題はないように思えますが、金属素材がトラブルを起こす恐れがあります。ジルコニア素材のインプラントが新たに取って代わる可能性は大きいでしょう。インプラントに関するもう一つの問題は価格ですが、治療費が下がれば、歯を喪失してすぐにインプラントで回復するという時代になるでしょう。そうなれば、総義歯はなくなるかもしれません。
 おそらく、このような変革は、あと50年くらいで訪れることになるでしょう。ただし、変革の時代を迎えたからといっても、あまり変化のない分野もあるでしょう。たとえば、矯正の分野は、近い将来、最もクラシックな歯科治療の一つになるかもしれません。
 大学ではすでに研究が始まっていますが、遺伝子組み替えや遺伝子操作による「第三の歯」が将来実用化され、臨床に応用される日がくるでしょう。もちろん、まわりの他の歯との調和がとれていないなどの問題はありますが、現在のインプラントのように、喪失した箇所に新たな第三の歯胚を埋め込み、その歯胚が成長して歯が萌えてくるのです。
 夢物語と思われるかもしれませんが、50年前に誰が心臓移植を考えたでしょうか。決して、夢物語とはいえないと思いますよ。

 数年前、Mr.Maxのセミナーにおいて、部分床義歯の金属フレームがあまりにもすばらしく、どこが鑞着部分がわからずに質問したところ、「ワンピースキャストである」との答えに、一同驚いたことがありました。
 スイスは腕時計で有名ですが、背後に高水準の金属加工技術があってはじめて、腕時計産業が発達したのではないかと思います。
 彼に関しても同じです。歯科技工に関するスキルや知識、センスもさることながら、そのベースには人柄や人間性、仕事に対する真摯な姿勢などがあってはじめて、世界に通用する仕事ができるのではないでしょうか。彼に会うたびにそう思います。



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