ものづくり名手名言 歯科技工 第17号 平成13年8月1日発行

第17回 人生是今日が始まり(後)
                  Interviewee 山本 一義(プロ野球評論家)





山本 一義 やまもとかずよし
1938年広島県生まれ。県立広島商業高校、法政大学卒。1961年広島カープ入団。1975年現役引退後、広島カープ、近鉄バッファローズ、南海ホークスでバッティングコーチ、ロッテオリオンズ監督などを歴任。解説、評論活動を経て、チーフコーチとしてカープに復帰。現在日刊スポーツ野球評論家。

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コーチになられてからはいかがでしたか?

 まず、私が現役時代に指導者から受けた「感動」をリストアップしました。同時に、指導者からの「嫌な思い出」もリストアップしました。自分が喜んだこと、感動したことは、指導者として同じように選手に与えよう。逆に、自分が受けた嫌なことは選手に与えない、そういう指導者になるように努力をしようと決めました。それから、選手と一生涯付き合うという覚悟を決めました。
 選手に対しては、100%把握することから始まります。プロに入ってくる選手の素質や能力というものは、そう大差はありません。しかし、みな個性が強く、まさしく十人十色です。ですから、こちらが相手を把握して、その選手に対する表現方法を変えて指導する必要があります。
 今の選手・若者は、明らかに昔とテンポが違います。キャンプや練習で集中できるのは、せいぜい30分が関の山でしょう。そうであれば、短いセンテンスで、言うタイミングを狙い、「あれっ」と思わせる。また、キャンプ中、コーチに必要なことは、選手が飽きないプログラムを作ることで、同じ練習でもちょっと手法を変えて、新鮮味を加えます。
 スランプというものは、誰にでもあるものですが、その選手と一生涯付き合うと腹をくくれば、あわてずにすみます。「スランプを十分に苦しめ」と思えば、じっくり待てます。長い目で見ることができます。
 でも、試合中となると、少々話は異なります。試合開始とともに、後には引けないわけですから、今三振してきた選手に、その三振を分析したところで後の祭りです。それよりも、次の打席でどうするかを聞き糺します。試合中は勢いをなくしたら負けですが、熱くなりすぎても空回りします。ですから、試合中はまず熱く、そして冷静に。



コーチ時代(広島)、高橋慶彦選手を指導中

広島カープのチーム作りについてお聞かせください。

 本来、野球チームというものは、身内から選手を育てていくのが原点です。今年だけ勝てばいいというものではありません、もちろん、勝つことが目的ですけど、チームは永遠に続くものです。若い選手をファームで育て、そして一軍に送る、身内からスター選手を作っていくのが、組織としてのチームの本来のあり方でしょう。
 ファームの選手がまだまだ伸びないからといって、ほかのチームからお金でスター選手を集めれば、確かにその年だけならいいでしょう。しかし、チームの永続性からみると疑問ですね。外からスター選手を連れてきて、もし怪我や故障でもしたら、どうにもなりませんよ。だからこそ、いつも若い選手を育て上げる、育むという姿勢がチームには不可欠です。そのために、よき指導者が必要となるわけです。お金でスター選手を集めるだけであれば、指導者は要りません。
 「育てる・教える」ことの中で、いかに選手をその気にさせるかが重要となります。その気になったら自分で努力しますし、自分でつかもうとします。指導者はいいヒントを与えるだけで、後は選手次第です。

プロ野球選手にとって必要なこととは?

 なんといっても、とことん野球に惚れ込むことでしょう。スランプや壁も含めて、とことん惚れ込むこと。壁にぶち当たった時には、いい試練を与えてくれたと喜び、この壁を破ったら、また一段と上手になれるのだと楽しむ。あわてず、期間を決めて壁に挑むのです。必ず壁は破れると信じて、挑戦している過程を楽しむことです。
 また、努力をし続ける者が本当のプロです。プロ野球の世界にも、努力できる選手は多いのですが、努力し続ける選手は一握りです。プロに入ってくる選手は、みな才能や素質は持っています。ですから、プロに入ってからも努力し続けないと結果は出せません。いくら頭でわかっていても、何十回、何百回、何千回と練習しなければ体は動きません。努力し続ける選手が少ないから、次第に差が出てくるんです。その証拠に、誰がなんと言おうと、王、長嶋の練習量には勝てませんよ。「天才だ、素質が違う」といわれる前に、彼らは努力しているんです。
 あとは、やはりいい師匠との出会いでしょうかね。私の場合、鶴岡さんをはじめ、西本さん、川上さん、広岡さんと、それはよき師匠に恵まれました。ああいう人のもとで野球が学べたということは、自分の人生において大きな喜びですよ。



巨人・倉田投手から本塁打を打ち、ベンチで迎えられる


お話をお聞きしていると、野球選手というよりも、教育者のお話のようなのですが……。

 野球も教育も似たところはあるでしょう。指導者としては、技術を教えるのではなく、自分で考えるということを選手に教えます。必ず選手自身に考えさせるのです。そのためには、考えさせるためのヒントを与えながら、丁寧に丁寧に追い込んでいく。そして、本人に気づかせて、答えを見つけさせる。
 先に教えてしまうのでは、本物をつかむことはできません。# 「くら指導者が正解を知っていても、ヒントを出したり課題を与えることで、選手自身に考えさせて答えを出させる。失敗しても常に前向きに、次はどうすればよいのかを考えさせるのです。そのためには、もちろん人作りが必要になります。
 若い選手は何かと迷いますから、誰かが正しい方向に、常に導いてあげる必要があります。誤った方向に進んだら、なかなか抜け出せません。だからこそ「今日の課題は何か?」と、丁寧に聞いて、方向性が正しいかどうか、点検することが指導者の役目です。

最後に、これからの野球界についてひとこと。

 まずはファンに愛されること。そして、愛されるためには、常に進化していることが必要です。ファンの目はどんどん肥えてきます。マンネリになったら、必ずファンは離れていきます。
 力と力がぶつかりあうアメリカの野球。そして、過去の栄光ではなく、今、目の前のプレーを評価し、すばらしいプレーには敵味方関係なく、惜しみない賞賛を与えるアメリカのファン。日本の野球もそうあってほしいですね。選手には、ファンを感動させるプレーを、一つでも多く見せてほしい。過去の記録ではなく、今、目の前で、何ができるかを見せてほしい。今日に全力投球してほしいですね。今日の全力がなければ、明日にはつながりません。年間140試合あるわけですが、今日一日に燃焼し尽くして、それが140試合続くところを見て、ファンはプロとして評価するんです。
 おかげさまで、最近いろいろな分野の方から、講演の依頼をいただいています。元気のない時代だからこそ、野球界で学んできたものを、私なりに社会に伝えていきたいと思いますね。
 感謝、喜び、楽しさ、そういうものを大切にしながら、今日一日を大事に生きたい。やっと、そう思えるような心境になってきました。「人生是今日が始まり」と思えます。


お聞きしていて、はじめ、小学生の時の校長先生を思い出し、温かな大きな手とお心を感じました。そして、最後に言われたお言葉が、京都・大徳寺の高名なお坊さんの名言に非常に似ていることに驚きました。その道を極めた人のみが達観しての一言。その道は違っていても、辿り着くその真理は同じ。まさしく野球道を極められた人だと、あらためて感銘を受けました。


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