ものづくり名手名言 歯科技工 第8号 平成12年8月1日発行

第8回 emotion of excellence
           Interviewee Mr. Klaus Muterthies(歯科技工士)



 1996年にフランクフルト近郊の街・ドライアイヒで研修がありました。そのときの講師の先生がMr. Klaus Muterthiesでした。

クラウス ミュタティース
1943年12月25日生まれ。クラウスの名は誕生日に由来する。Dr.Helre Richterらのもとで修業を積み、1987年Art Oral開設、現在に至る。



Muterthies氏の手→


このお仕事に就いたきっかけは?
 15歳の学生の頃、学校が終わった後に、歯科技工所でアルバイトをしていました。当時は掃除が主な仕事で、給金も安いものでした。一年間ほど働いていたでしょうか。このときに、この仕事(歯科技工)のなかに、直感的に何かを感じました。彫刻に興味を持っていたこともあり、この仕事には非常に興味を覚えました。

その後、仕事に対しての姿勢はどのように変化してきたのですか?
 最近でもよくセミナーの参加者の方に言うことですが、“経験のなかから学んでいく”というのが私の基本的な考えです。自然や天然のものを常に目標において、それらに近づくように繰り返し繰り返し訓練します。いろいろな失敗をしながら、または、歯科技工物を作りながらも学びとることはできます。
 たとえば、1万本のポーセレンジャケットクラウンを作るとしましょう。今作っている1本からも学びとることはできます。そして、次の1本にそれを生かすのです。そうすると1万本作ったときには、トータルするとより多くのものを学べることになるわけです。いつも“失敗しながら学びとる”こと、“try and study”の心がけが大切です。

世界中を講演などで飛び回っていらっしゃいますが、そのエネルギー源は?
 まず第一に健康であること。そうすれば、エネルギーはみなさんが与えてくださいます。あなたからも貰いますし、患者さん、歯科医師、家族からも、絶えずエネルギーをいただいています。
 特にそのなかでも重要なものが、あなた方の“目”です。私は自分の周りの人の“目”を見ることによって、その人の満足度がわかります。その人と私をつなぐものは、私の作った作品であり、それに対する患者さんの満足感や幸福度は、その人の“目”を見ることによって伝わってきます。そうしてまた、繰り返しエネルギーを貰うのです。そのエネルギーをまた作品に反映します。この繰り返しです。

今回のセミナーのタイトル「emotion of excellence」とは?
 このタイトルは、ここ数年のセミナーで使っているものですが、一言では言えませんね。あえて言うなら、よりすばらしい満足度、幸福感とでも言ったらよいでしょうか。
 たとえば、上顎前歯にジャケットクラウンを入れたとします。これによって、その人は今まで以上に健康的になり、美しくなる。また、大きな声で笑えるようになったり、笑顔が輝いたり、より積極的に、活動的にもなる。その人の生き方までも好循環にしていくような満足感であり、感動です。今まで以上に、一段階ステップアップするような感動とでも言いましょうか。
 逆に、患者さんからそのような感動、喜びを与えられることも、もちろんあります。患者さんの満足感あふれる表情、言葉などから、私の気持ち、仕事までもがステップアップしていくのです。そうしてその好循環がスパイラルとなって、さらに良い作品をつくる“emotion”を生みだすのです。



「emotion of excellence」が感じられるラボ



あなたにとって歯科技工はアートですか?科学ですか?
 もちろん、両方です。美しさのなかに機能性を具備することは言うまでもありません。
 私のなかでは、歯科技工界において、科学者と言えるのは山本 真氏です。約20年前、彼の本と出会ったことで、それまでは科学としてぼんやりとしていたものがクリアーになり、私のなかで、はっきりと科学性を帯びた歯科技工学となりました。その本のなかには、科学的データも載っていましたが、何よりも私にとっては、歯科技工物というものが、私の欲しているいろいろな夢を実現する可能性を秘めている、と確信できたことが印象深かったのです。私などは彼とは比べものになりませんが、同じ考え方を持っていることがわかり、その本は本当に感銘深いものとなりました。

アートとは?科学とは?
 私の仕事はすべてアートであると言えます。このことは自然の花、音楽、絵画などと同列に並べることができる芸術性を持つものとして、そしてそれらは、接した人々に感動を与えるという意味において、アートと言えます。もちろん芸術性のなかにも、科学的要素を欠くことはできません。歯科技工物とは、美しい形態でなおかつ機能性を持っていないといけません。美しさと機能性は車の両輪です。



Muterthies氏の作品



技術の伝承については?
 私にとって、今から15年前までの17年間は大変重要な年月でありました。歯科医師、患者さん、仕事場の環境が、いろいろなことを教えてくれた年月と言えましょう。この17年間がなければ、今の私はいないと言っても過言ではありません。
 そしてその間に、従来の方法(ラボに勤める歯科技工士が、患者さんに会うことのないシステム)でよいのか、このままでよいのかと、いつも疑問を持っていました。結局従来のやり方では、自分の欲する仕事はできないというのが結論でした。その後、患者さんと直接対面する今のスタイルをとるようになりました。
 伝承というのは“正直にすべてをオープンに伝えるということ”ではないでしょうか。セミナーを受ける人、私のラボを訪ねてくる人たちに、私は今までの経験と、経験から得た哲学・理論など、すべてを包み隠さずオープンにします。相手がどう捉えるかはその人次第ですから、あまり重要ではありません。まずは、自分の持っているものを、すべて正直に伝えることではないでしょうか。

ユーロ統合はマイスター制度にも影響を与えますか?
 マイスター制度は、現在ドイツとオーストリアにあります。500年からの歴史あるシステムで、当初、プロの仕事や専門職の人々の生活を保護する目的で作られたものでした。その後、マイスター制度は、次第に若い人を教育するシステムに変化してきました。
 一方、アメリカに代表されるシステムは、完全なる自由競争の世界です。極端に言うと、規制がないということは、昨日まで別の仕事をしていた人が、今日からでも歯科技工士としてラボを開設できるのです。そして、その人が成功するかどうかは、マーケットがすべてを決めます。ある意味においては、このほうが民主的と言えましょう。
 すでにドイツにおいても、イタリアのライセンスを持つ歯科技工士が、ラボを開設できるようになりました。近い将来、マイスターシステムが、教育するシステムとして完全に取って代わった暁には、いずれマイスターシステム自体がなくなっていくでしょう。私はもうすぐ60歳になりますが、ある程度守られてきた今までの時代で仕事ができたことは、ラッキーだったと思います。

これからの歯科技工はどうなると思いますか?
 これもよく受ける質問ですが、将来とは確実にやってくるものです。しかも、それは誰にも予測できないことです。ですから、あまり深刻に考えることはしません。
 もしあなたが将来 good life を手にしたいと思うならば、まずは今、お酒は控えめに(笑)、ご馳走は腹八分で、十分な睡眠をとることです。そうして基本的なことをきちんと押さえて、絶えずエネルギーを蓄積して、ポリシーをしっかり持っていれば、これから何が起こっても恐がることはないのです。将来に不安を抱くなんて杞憂ですよ。
 また今後、この業界には、今まで以上にコンピュータが導入されることになるでしょう。特に若い人たちは、コンピュータに対して拒絶反応がないので、それらを駆使しながら、もっともっとラボにパソコンを導入していくことでしょう。そのことで歯科技工士、歯科医師と患者さんの距離が縮まるとともに、ビジュアルな情報伝達が可能になるでしょう。たとえば、チェアサイドから、情報がリアルタイムにラボに伝えられようにもなることでしょう。すでにある程度までは可能になったと聞いていますが、これからこの情報伝達の分野では,必ずや大きな変化があると思います。

最後に若い歯科技工士にひとことお願いします。
 私は、この仕事(歯科技工)は、大変プロフェッショナルな仕事であると思います。個人的には、この仕事を続けてこられたことは大いなる満足であり、幸せであります。私はこの仕事に惚れ込んでいますし、時にジェラシーを感じ、嫉妬することもあります。この仕事を通して大きな満足を得ることもあり、感激したり、喜んだり、また反対に悲しみのあまり眠れないこともあります。ですから、私から若い人に言えることは、この仕事は life work として人生を賭けることのできる仕事であると、自信を持って勧められるということであり、みなさんもこの仕事に自信と誇りを持ってほしいということです。



Muterthies氏のゲストハウス、筆者らの研修会初日に、ここでウェルカムパーティーが催された




 今回の取材で、Klaus Muterthies 氏にお会いするのは5回目か、6回目でしたが、いつお会いしても、輝いた笑顔とユーモアあふれるおしゃべり、センスの良い着こなし、身のこなしに、まさしく“emotion of excellence”を感ぜずにはいられません。
 その昔、ある有名な薩摩焼きの窯元に行った際に、とてもきれいに掃除されているので、驚いてお聞きしたところ「きれいなものは,きれいなところからしか生まれない」とのお答えでした。この言葉どおり、Klaus Muterthies 氏の作るあまりにもすばらしい作品には、ラボの清潔さや美しさもさることながら、彼自身のライフスタイルの“美”が、映し出されているように思えてなりません。彼に会うたびに“emotion of excellence”を感じ、再び彼に会いたいがゆえに、ドイツへ足を運ぶのかもしれません。
 最後になりましたが、今回の取材に際し、コガ・エンタープライズ株式会社代表・古賀和憲先生に多大なる御協力をいただきましたことに、深謝いたします。



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