ものづくり名手名言 歯科技工 第5号 平成12年5月1日発行

第5回 手で考える Interviewee 阿多利 仁さん



 筆者は父の転勤のため九州内を転々としており、高校生のときは鹿児島市内にいました。その高校での同級生が阿多利さんです。

阿多利 仁 あたり ひとし
 (半導体製造ユニット開発者)
1961年鹿児島市生まれ。1980年鹿児島県立鶴丸高等学校卒業後、京都大学工学部合成化学科へ進学。卒業後、関西にあるセラミックをベースに半導体中心に通信全般を開発、生産する会社に就職。材料開発、企画、海外営業を経験した後、現在、鹿児島県国分市にある開発部門に籍をおく。
〒890-0042 鹿児島市薬師1丁目 6-8-710




阿多利さんの手→

この仕事を選ばれたきっかけは?
 小学生のときに偉人伝記シリーズを読んだんです。そのとき、エジソンのことが非常に印象深く残りました。進路を選ぶときに、このことが頭のどこかにあったのでしょうね。いろんなタイプの偉い人がいますけど、医学の野口英世よりもエジソンのような発明家、というよりもエンジニアまたは事業家になってみたいと思っていました。
 加えて、自分は個人よりも集団が向いているような気もしていました。個人プレーのテニスよりも、チームプレーのラグビーのほうがいいというように、個の力には出せないことを生み出せる集団の力を体験したいなと。ですから、卒業時には大学院に残って研究を続けるよりも、企業に属することを選びました。

いま現在、この世にないものを作る契約をされるとか。
 半導体を作る装置の心臓部の部品を作っていますが、コンピュータの世界に限らず、開発というものは日進月歩です。
 特にインターネットに代表される情報の高速化よって、そのスピードは僕らの想像以上に加速されています。
 たとえば、アメリカのシリコンバレーで、お客さんであるメーカーと打ち合わせをします。近い将来、こういう半導体チップが必要になるだろうから、前もってこういった装置が必ず必要とされるはずである。そこで、いまはないけれども、こんなものを1年後または半年後に完成させますよ、という契約を結んでくるわけです。しかも、他社との競争ですから、先を越されたら水の泡ですし、より良いものを作られても水の泡です。
 ですから日本に帰ってくると、もうたいへん。いまこの世にないものを契約の期日までに作るの ですから、毎日が実験の連続であり。競争であり、地獄です。
 いま私の息子に読ませているエジソンの伝記にも、エジソンが資金集めのために「電球をいつまでに開発させて世界中を明るくする」と前もって大々的に新聞で発表して、まだ何もできていないのにと、従業員の若いエンジニアがびっくりする話が出てきますが、開発のスピードは別として、今も昔も同じようなものですね。
 いまこの世にあるものを真似て作るのとは、意味が違います。いま現に、この世にあるものであれば、必ず作れるはずです。ところが、実際の製品化が可能なのか不可能なのかもわからないものを作ろうとしているわけですから、それはもう大変です。

この世にないものを、どうやって開発するのですか?
 あたりまえのことですが、まず頭で考えます。まずは理論を頭の中で組み立てる作業です。「こうでこうでこうだから、こうなるはずで、こうなるはずで・・・」というように、「はず、はず、はず」の「はず理論」です。ですから高校や大学のとき以上に、いまの方がもっと勉強していますよ(笑)。
 開発製品の設計図ができあがったら、あとはひたすら実験です。明けても暮れても実験、実験、実験です。
 たとえば、同じ設計図でサンプルを3つ作ったとします。サンプルの組成や焼成方法などのデータは全く同じ。しかし通電してみると、なぜか結果が異なる。サンプル製作工程で得られる計測機器などのデータが全く同じでも、ひとつのサンプルの良い結果に対し、残りの2つは悪い結果。当然「なぜだ??」となるわけです。こうなるといくら頭で考えていても、それ以上は前には進めません。つまり得られた計測機器でのデータ以外にも、何か違う情報・データがあるはずです。しかしその情報は、数々の電子機器を駆使しても得られないんです。
 われわれが考える「はず理論」は、頭でわかっていることからだけで成り立っている理論ですが、世の中そんなに甘くない。わかっていないことのほうが圧倒的に多いんです。わかっていない部分がどれほど残っているのかさえもわからないんです。
 そこで、非科学的と思われるかもしれませんが。“手で考える”のです。
 サンプルの材料組成や分量が全く同じであっても、その材料を練るときの感触が微妙に違う、あるいは、焼成後の研磨面の性状が指で触ってみると違うなど、手でしか関知しえない情報が確かにあるんです。もちろん、指で触ったときの研磨面の性状が違うとわかれば、電子顕微鏡を使って確認します。
 特に若い開発員にはこういいます。「結果が違うということは何かが違うはず、頭でわからなければ手で考えろ」ってね。

開発競争というものは、エンドレスゲームなのですか?
 そうです。その昔、「鹿児島で一番」ならいいとか、「九州内で一番」ならオーケーという時代でした。しかしいまはボーダーレスの時代です。特にインターネットによって第二の産業革命が起こってしまったいまとなっては、「日本で一番」でもダメです。「世界で一番」でないと安心できませんし、生き残れなくなるんじゃないでしょうか。
 しかも、常にトップを走り続けないと、利益や最新の情報が入ってこない世界になったのではないでしょうか。
 ただし別の考え方もあるんですよ。何もすべての領域においてトップになる必要はないということ、すなわち、どんなに狭い分野でもいいから、その狭い分野でトップになればいいわけです。全科目で100点取れなくても、社会科だけならとか、社会科で100点取れなくても歴史だけなら、歴史の中でも世界史だけならとか。
 ですから考えようによっては、トップになれるチャンスは無限にありますよね。限定するほど規模は小さくなるように感じるかもしれませんが、何が化けるかわからない世の中ですから、楽しいですよ。

開発部門のチームワークはどのように?
 シカゴ産業科学博物館というのがあって、そこにはエジソンの電球とか、ベルの電話かが展示してあります。日本では科学は科学、大学の先生のすることであって、産業は会社のすること、のように考えるところがあります.豊田佐吉の伝記には,あのTOYOTAのそもそもは佐吉からなんだと意識付けをしていませんが、エジソンのGE(ゼネラルエレクトリック)社とか、フォードのフォード社とか、科学=産業=社会に貢献するという形になっています。
 一方、そのころの開発・進歩のスピードと、いまのスピードとでは、明らかに加速度が違います。いまはどんな天才であっても、一人で研究開発していたのでは間に合いません。
 また、いまの研究・開発は「人々のニーズがこうだから、このような製品を開発しましょう」ではなく、その先の開発,つまり「おそらく将来こういうことがニーズになるだろうから」ということを予測しての開発で、さらに短期間での開発を要求されます。ですから、いかに企業としてシーズ・種を数多くもつかがポイントになってきています。
 一人ひとりの能力や時間には限界があります。チームを組んで事に当たらないと間に合わないのです。
 たとえば、この砂場の中に金の針を落とした、必ずあるからさあみんなで探そうといえば、みんな一生懸命探しますし、そういう場合は必ず見つかります。しかし、この砂場の中に金の針を落としたかもしれないから探したいといってみんなで探しても、それでは見つかるものも見つかりません。リーダーの資質の最大のポイントはここにあります。
 そのためにも、まずはチームで方向性を徹底的に周知し、確認し合います。あとはひたすら、必ず見つかると信じて日々実験ですよ。チーム全体が一丸となって進み、その成果が出たときには狂喜乱舞、もう天下を取ったような気持ちになります。逆に結果が出ないときは、みんなして落ち込みます。いままでやったことはいったい何だったんだろうって。このように躁と鬱の繰り返しですが、成果が出たときの喜びは何ものにも代えがたいですね。一度味わったら癖になります。

合唱団に所属されているとか?
 大学のとき、合唱部に籍をおいていました。その後ブランクがあったのですが、いまは再び歌っています。
 実は先日も、小林研一郎による指揮で「第九」を歌ってきました。オーケストラメンバーが約100人、合唱メンバーが約300人、合計400人を、たった一人の指揮者がコントロールするわけです。  たった一人の指揮者つまりリーダーが、400人もの人間をこうも変えうるのかというものを目の当たりにして、本当に指揮者のカリスマ性というか力に驚きました。指揮者の一言や、ちょっとしたアドバイスによって、みんなの、もしくは一人ひとりの声や音が本当に変わるんですよ。その指揮者は私の喉を触ったわけでもないし、声帯に何か薬を吹き付けたというわけでもないんです。
 今年はルーマニアにバッハの「マタイ受難曲」を歌いに行きます。仕事と合唱、それぞれに良いメリハリになります。

今後インターネットによって,世の中はどのように変わっていきますか?
 インターネットは世の中を変えちゃいましたね。先日もインターネットで「プレステ2」を買いましたが、目に見える仕組みが、SONY→宅配業者→自宅での受領印で売買完了ですから、ビジネスの仕組みが変わるんでしょうね。
 それを考えると、歯や口に携わる河野さんたちの仕事は、個々の患者さんと密接した“ローカル”と、新しい技術への自由なコンタクト“グローバル”の両立が必要なので、インターネットの恩恵を受ける業界だとは思いますが・・・。

いま、歯科技工の業界があまり元気がないのですが・・・。
 歯科技工の業界に関しては、全く知見がないのでよくわかりませんが、コンピュータで最適条件を決めるシミュレーションの中で“ローカルミニマム”という言葉があります。「ある特定の条件の下であれば一番」というような意味です。
 医療をこの観点から見れば、まだまだローカルミニマムが通用する分野ではないでしょうか。
 たとえば、歯がものすごく痛いのに、有名だからといって遠く離れた歯科医師のところには行かないでしょう。また、人に対応する仕事ですから、コンピュータや機械に取って代われない分野でし ょう。
 しかし、私の自宅の2km以内に歯科医院は10軒以上ありますし、インターネットの普及によって、いろいろな情報が患者さんにも同業者にも届くようになってくるでしょうから、決して安住はできないでしょう。やはり研鑽を積んで、その分きちんとアピールしないといけないのは、どの職業で も同じではないでしょうか。
 私たちは、プレゼンテーション(提案)にかなりの時間とエネルギーを使います。わが社の製品は、他社の製品と違ってこの点が優れているので、貴社にこれだけのメリットをもたらすと。
 価格やどこに発注するかを決めるのは、お客さんです。われわれの場合は、お客さんは世界で一番安く、一番良い品を作るところへ発注しますから。生き残るには、世界一安いか、世界一技術が あるか、世界一サービスが良いか、世界一早くものを納めるか・・・、とにかく何かしら世界一がないとだめなんです。
 医療はわれわれのビジネスとは違うと思いますが、いかに人々を幸せにすることができるか、いかに人々のクオリティー・オブ・ライフを高めるかという目的は、われわれと同じですよね。人々の幸せのために努力して、できるだけ多くの人に喜んでもらえて、家族を養えるお金も手に入れば、それも多いに越したことはないですが(笑)、私は幸せです。


←ローカルミニマム
条件付けをしなければBが最も安定な解であるが、“Xの範囲で”を条件としたために、Aが最も安定であると、コンピュータが解を出してしまうこと。

  仕事柄、時代の最先端をいくような人の口から、「手で考える」という言葉がでたことは意外でした。と同時に、やはり阿多利さんの仕事も、手仕事なんだなあと思いました。分野は全く違っても「手」とは一番素晴らしい道具であり、機器であるのかもしれませんね。



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