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おべんとうの味

クインテッセンス出版「歯医者さんの待合室」
2003年5月号に掲載



Baby Hustle 「おべんとう/和久傳」


Mama Relax 『きょうのおべんとうなんだろな』
きしだえりこ 作 やまわきゆりこ 絵
福音館書店 743円+税

 幼稚園に通い始めた、ヨー君は、ゴールデンウィークが終わると、おべんとう給食の始まりです。お料理得意のベリ子さんにとっては、腕の見せどころなんですが、最近読んだ本のことが、どうも頭に引っかかって離れません。
 「日本人というのは、昔から主に魚を食し、雑穀根茎、陸稲水稲を食うという食生活を、何千年にもわたって作りあげてきて、その食文化の範囲の中で生きてきた民族なのである。長期間にわたってこのような食生活を続けたことによって、私たちの遺伝子には、そのようなものを食うのに適した情報が遺伝子に刷り込まれるようになった。言うまでもなく、私たちの身体は、この遺伝子にコントロールされている。こうして日本食を繰り返し繰り返し食べ継いできたために、私たち日本人は、体も心もそのような食べものに対応してつくられてきたのである。そんなところに、自分の身体に対応していない外国式の食事ばかり取っていればどうなるか。身体や心に微妙な歪みが発生するのは当然の成り行きというものである」(『食の堕落と日本人』小泉武夫/東洋経済新報社)。
 ベリ子さんは、メニューを決めるのに迷っています。こんどは、お弁当の本を読んでみました。「甘い食べものや、脂ののった食べものをおいしく感じるということは、自然界の食べものの食べごろを教えてくれる大切なめやすなのです。実際に果物も、魚介類も、旬になると含まれる栄養価が高くなります。(中略)
 砂糖や油脂を使った食べものによって、日本人の食生活は、一年中がいわば旬になってしまったと言えるでしょう。私たちの舌や脳はこのおいしさにまどわされがちで、どうしても食べ過ぎてしまい、肥満の増加や、生活習慣病の大きな要因になっています」(『粗食のすすめお弁当レシピ』幕内秀夫/東洋経済新報社)。
 とうとうベリ子さんの得意なはずの料理の腕が、引っ込んでしまいました。
 さて、子どもさんの健診や日頃の臨床において、次のような質問を受けることがあります。『私の歯が弱いから、きっとこの子にも遺伝して、この子の歯も弱いと思います。しっかり予防したいのですが・・。』もちろん、予防は必要です。しかし、ご安心ください。ムシ歯は遺伝しません。ただし、遺伝的とも言える要素はあります。たとえば、いろいろな食習慣は、医学的にいう遺伝ではありませんが、親から子へ伝わるでしょう。食習慣以上に歯に影響を与えるのが、味の記憶です。母親から娘へ、その娘さんが母親になったら、その子どもさんへ。もちろん、母親から息子さんへも、味の記憶が引き継がれます。甘い味付けが好きな母親の料理で育った子どもさんは、おそらく甘い味が好みでしょう。ここで、ちょっとこわいお話を紹介しますね。
「シュガーホリックという言葉をごぞんじでしょうか? 文字通り、砂糖中毒になってしまうことです。そのため、肥ったり、髪や肌が傷むのはもちろん、気持ちが不安定になり、やがて病気にもつながっていきます。私の母はこのシュガーホリックで、甘いものに目がありませんでした。(中略)そんな生活を続けた結果、母はいろいろな病気にかかり、結石を除くため腎臓の三分の一を切除する手術を受けました。その後もシュガーホリックを続けた母は、とうとうがんになってしまい、医師から回復の見込みはないと宣告されたのです。(中略)
 西洋医学以外の方法で病気を治そうとした母は、さまざまな治療方法を試み、マクロビオティックという食事療法にたどり着きました。マクロビオティックとは、何千年も人々が伝統的に食べていた全粒穀物を主に、有機栽培の野菜、豆類、海草、果物などをバランスよく素材に使う食事方法をさしています。母の大好きな砂糖などの精製・科学食品をはじめ、肉、卵、乳製品などの脂肪の多い食品を避けることもすすめられています。母はこの食事療法を試すことにしました。ナチュラルでパワフルな素材は少しずつ彼女のからだを変え、ついにがんはなおったのです」(『あまくておいしい砂糖を使わないお菓子』パトリシオ・ガルシア・デ・パレデス/主婦と生活社)。
 『確かに、そうでしょうけど・・』と、まだ思っている人に、もうひとつ。「離乳期のわが子に、酒や煙草を覚えさせる親はまずいないでしょう。甘いものなら危険はないと考えるのが、間違いのもとではないでしょうか。ヘビの誘惑に負けて、アダムとイブが口にした知恵の木の実が、どんな味であったかは知りません。砂糖の味や菓子の味は、誘惑に満ちています。事実それは、小さな赤ちゃんの舌にも、瞬時の快楽を与えることができるのです。それだからといって、歯磨きもできない子どもの舌にそれをのせることは、そのときに、終生消えることのない烙印を押すものであることを、忘れてはなりません。わが子を誘惑するヘビ――それが親自身であってはならないのです。自然の味こそ、小さな子どもたちを十分に満足させうる安全な味にほかなりません」(『人間はなぜ歯を磨くか』石川純/医歯薬出版)
 もう一度、母乳の味を思い出してみてください。お味噌汁を薄めたような、決して美味しいとはいえない、薄い味ですよね。赤ちゃんにとっては、あの薄味で充分なのです。あ、そうそう。結局、ヨー君のおべんとうは、シンプルなおにぎり弁当になったそうです。
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